自然に感謝 夏の思い出

この夏は、焼け付くような熱暑でしたね。
プールの水温が上昇し、大気温と体温とほぼ変わらないような状況になりそうなほど暑い日が続きました。
台風も「これでもかこれでもか」と、日本列島を襲ってきましたね。
台風がスピードを落としたり方向を変えたり、再上陸したり迷走しました。
河川が氾濫・崖崩れ・高潮で空港が水浸し等、自然がもたらす風水害の恐ろしさを知らされました。

9月6日、未明の北海道を襲った震度7の大地震。
大規模の山崩れによって、多くの人が土砂に埋もれ心肺停止の状況で発見されています。
カナダに移住している友人が「大丈夫か?日本は、沈没しちゃうんじゃないか?」
「最近の日本人は、馬頭観音とか地蔵さんとか、自然の神への感謝を疎かにしてるせいじゃないか」と連絡をよこしたそうです。
「馬頭観音?地蔵さん? 彼は熱心なカソリック信者で、カナダ人と結婚してカナダに移住したのに…相変わらず勝手なやつだ」と言いながらも、二人とも考えさせられました。

国土の70%の山岳森林で四面海に覆われている日本。
その狭い日本で昭和38年東京オリンピックを開催した。
以来半世紀、日本は経済大国として発展して、道路を張り巡らし、橋梁をかけ、トンネルを掘り新幹線を伸ばしてきた。
その施設も半世紀を経て、老朽化のため再開発の時期を迎えている。
カナダの在住の友人が、福島原発事故の際に日本脱出を勧めてくれたが、誰もこの美しい国を離れようとしなかった。外国から見ると日本は美しい観光地だが、生活をする国ではないと思われているかもしれないが、大方の日本人はこの国土を誇りに思って生きている。

秋きぬと目には さやかに見えねども
風の音にはおどろかれぬる
(藤原敏行)

そういえば、9月に入ってから台風の余波のように強い風が吹きますね。
今朝も貯水池公園を散歩したら「オーシンツク、オーシンツク」と秋蝉が鳴いていました。
風の向きも、風の色も太陽の色も向きも光も傾斜も、すっかり秋ですね。

9月9日、「目黒のさんま祭り」だったそうです。
NHKテレビのニュースで目黒区民が大量のサンマを食べている映像が報じられました。
三遊亭金馬が得意としている落語で、初めて目黒でサンマを食した殿様が「やっぱりサンマは目黒に限る」とほめた一言が縁で伝わる「目黒のサンマ祭り」で、いよいよ秋。

あわれあきかぜよ 情あれば伝えてよ
男ありて 今日の夕餉に 一人サンマを食らいて
思いにふけると
さんま さんま そが上に 青き蜜粕のすを したたらせて
さんまを食らうは その男の故郷のならいなり

有名な佐藤春夫の詩です。
このさんまの歌は、秋の気配を感じさせられます。
そして臭いも漂い、コンロに炭火、網の上に塩をまぶして、うちわで風を起こす様、煙に目を細める姿…
秋の気配が絵になりますね。

秋には、色が有る、音が有り、臭いが有る。

私はさんまを食べるたびに亡き母を思い出します。
二人が座る小さな円い食卓に一匹のさんまが半分。
頭は私で母がしっぽ が母子家庭の母のルールだった。

駅から帰路、さんまを焼く煙と臭いが漂う生垣の向こうから聞こえる団らんの声を聞きながらほのかな憧れと寂しさを感じたりした高校時代。
秋の気候はすっきりだが、心はなぜか物憂い。
佐藤春夫のこの「さんま」の詩から、思いが届かないもどかしさを感じませんか。
生真面目で不器用な男が、庶民の魚をうたいながら、もどかしさをうったえていますね。
どうにもならない想いを伝えられない、伝えてもどうにもならない男心のもどかしさ。
このもどかしさは「秋特有のもどかしさ」の様な気がしたりします。

想いに悶える秋の風。
「春になると、恋が芽生えれ、秋になると恋も終わる」
年長の夏の泊まり会のキャンプファイア。
私が登場して歌い続けてきた曲「山賊の歌」です。

雨が降れば 小川ができ、風が吹けば 山ができる
ヤッホォ ヤホッホー  楽しいところ
夜になれば、空には星 月がでれば おいらの世界
嵐になれば、波が立ち 波が立てば 船が沈む
はーるになれば、恋が芽生え

「わかるかなぁ?」と問いかけると、うなずきながら
「らぶらぶ になることでしょう」とあちこちで子どもがささやく。

あきになると、こいも おわる
秋になると、恋が終わる
(わからないよね)(わからなくていいんだよ)

翌朝「山賊の歌 おしえて」のリクエスト。
理由は「お母さんにあいたくなっちゃったから」
(どうやら秋になると 恋も終わるが ポイントらしい。)

やはり「秋」は子どもでも物悲しく、お母さんを思い出すんでしょうね。
秋はふる里なんです。
秋は大人であれば「物憂い恋」なんでしょうね。
子どもにとっては、「お母さんのミルクの臭い」なんでしょうね。

実は、この「さんま」は生真面目な佐藤春夫の熱烈な「恋歌」です。
妻の妹と浮気をして煮え切れない夫婦関係にある友人谷崎潤一郎。
彼は、このサンマの詩を契機に妻と佐藤春夫の恋を認め、結婚を承諾する決意をするきっかけになります。
二人の文豪が一人の女性を巡って物憂い永年の関係に終止符を打ったといわれる「さんまの詩」です。

楽しみにしている運動会、曲も振り付けも衣装も決まって園庭にこどもの歓声が響きます。
秋は何といっても運動会。
運動会には、人それぞれ思い出がある。
運動会には、家族団らんがある。
母子家庭だった私にも運動会には母が近所の人の輪の中にいた思い出がある。
運動会には青い蜜柑があった。
運動会には喜び・心の高まり・くやしさ・頑張り・緊張・達成感があります。
そして家族の目に包まれて参加する喜びがあります。
それぞれのお子さんは、意識をもって頑張ったからこそ、味える喜びと悔しさ。
幼児期だからこそ、その育つ心を大切に包んであげたいと思っています。


感謝〜子どもの輝きのために生きる日々

天候異変の豪雨で西日本の各地で、大きな被害がでています。
核実験、経済優先政策による光化学スモッグ、山林開発等が影響して地球の温暖化等が大きな原因なのかと心配しています。
そして人々は便利な生活を求めて、都心に住居を求め一極化が進行します。
急傾斜の開発地におしゃれな新興住宅が建ち並ぶさまは、日本の代表的な景観にもなっていますね。
それだけに、台風や豪雨などによる土砂災害の心配も充分考えられます。
海に面した平地は東北の津波災害以来、少しでも高いところという指導に沿って住宅開発が進められています。
その結果、森林開発による樹木の伐採、河川の流れの変化や傾斜地を開発した新興住宅地の影響等が、自然災害の原因の一因と指摘されると、日本全国安全な場所がなくなりましたね。
気のせいか災害がある時期は、今回のように連続した酷暑の日が続いたりします。
被災地の方々の飲料水や生活面の不便さ、共同トイレの使用等の精神的な苦痛を察し、いち早い復旧を祈り、何らかのお手伝いをしたいと思います。
日本は四面海に囲まれた66%が森林地帯。
それだけに自然と共生していく知恵と自然愛が問われますね。
こうした影響もあるのでしょうか、上空から撮影して山の中の一軒家を取材する等のテレビ番組が視聴率を高めています。
カメラが道なき道を訪ねてみると、かつては家族でにぎやかに生活していた大きな家屋にお年寄りが寄り添って生活している姿に出会ったりします。
また、数十年ぶりに昔の住まいを訪ねてみると、廃墟の中で昔の生き生きとした活気ある頃の写真が残されていたりします。
自転車やオートバイや路線バスの旅で、素朴な地方の茶店や旅館などを訪ねるTV番組も人気がありますね。
NHK BSの「こころたび」は視聴率が高い人気番組です。
視聴者から寄せられた手紙による昔懐かしい心に残る風景を、日野正平さんが自転車で訪れる番組。
山里の活気のあった小学校が廃校になっている。
通学に利用していた電車が廃止され懐かしい駅舎が雑草の中に佇んでいる…
都会の狭いスペースに人々が重なって生きている一方で、一歩奥に入ると無人の古い民家や公民館や人通りのない商店街が廃墟となって佇んでいる。
昔は、夏は神社の縁日や祭りで人と人が触れ合って交差して行列をなしていたのに、今は夏休みになっても村の祭りを継承する人もなければ、
あの「柴又の寅さん」のように行商する人もいなくなった。
そして、神輿を担ぐ人も笛太鼓を奏でてくれる村の衆も少なくなってきたという。
今でも学校が夏休みになると、特にお盆の頃はほとんどの方が郷里へ帰省されます。
都市の子どもたちも、長い夏休みは両親の郷里でおじいちゃん・おばあちゃんの手料理で田舎の空気をたっぷり吸い込むことが出来ます。
ところが最近は、おじいちゃん・おばあちゃんも都会人になって、帰る郷里が無くなってきているそうです。

江戸時代「三代は江戸に住まなきゃ江戸っ子じゃないよ」と云われた時代がありますが、戦後80年、当時集団就職で郷里を出て東京に移住した人たちも、すっかり東京に定着して隠居生活するようになり、帰るふる里を持たなくなった人が多くなったそうです。
したがって、ふる里である郷里は先祖の墓参だけが残るだけで、いわゆる生家も実家もない方が増えているそうです。
それでも夏休み、お盆休暇は、帰省ラッシュで高速道路も新幹線も飛行機もラッシュです。
郷里へ帰省される方は大変でしょうが、私のように郷里を持たない人間にとって、故郷のある方をうらやましく感じます。
この機会に、お父さん・お母さんが生まれ育った「ふる里の海を山を川を」たっぷりと子どもに刷り込んでいただく体験が最高の子どもへのプレゼントですね。
子どもたちが成長したときに、日野正平さんの「こころたび」の1頁となるおもいでになることを願っています。
郷里の無い方も、夏は郊外に出て自然を浴びるチャンスです。
幼いときの旅の思い出は、記憶から薄れても、身体にしみこんで成人してから旅に出る自然を楽しむ「心の芽」になると思います。
この夏は、できるだけ地方に出て地方に民泊して、地方で食べ、あそび、地方の経済の活気に貢献してみませんか。
今回の水害の被災地の様子を見るにつけ、人口の一極化を抱えた日本という島国の未来に不安を感じたりします。
日本列島を自転車やオートバイ路線バスで旅する番組を見るたびに再認識することがあります。
それは、孤島でも森閑とした山林地帯の隅々までも道路はコンクリートで舗装されていることです。
島でも山でも山間部でも道が舗装されて電線が配線されています。
ある意味では、日本中がコンクリートで化粧されている気がします。
コンクリートで化粧された大きなダム・河川・海辺の堤防、そして大都会の高層ビル・ビル・ビル…
まるで日本列島は、コンクリート文化ではないですか。
山の奥まで開発され、伐採され、山が削られ、地下が掘られて、最後はコンクリートで固めらています。
便利になりましたがそのぶんだけ、自然破壊がすすんでいるのかもしれませんね。
このコンクリートの環境の中で本格的な夏を迎えます。
長期的予報によると、この夏の日本列島は酷暑とのことです。
じりじりと照りつくような日差しと照り返しの中で蒸し風呂のような酷暑を迎えます。
旧暦の7月7日(今の8月8日頃)になると天の川を挟んで二つの星が輝き、月が舟形になって織姫と彦星のデートの渡しをしてくれるそうです。
昔の人は澄み切った空を眺め、自然に感謝したんでしょうね。
子どもたちが短冊に書いた願い事がかなわなかったお友だちは、8月8日の夜、もういちどおねがいしてみたらいかがですか。
いよいよ年長のお泊り会です。
もっと山深い「君亀の少年の家」に三年ぶりにもどります。
子どもたちの心のアルバムの良きページとなるように努めます。
君亀の広い傾斜の芝生に寝転んで星に願いを込められたらしあわせですね。
母の会を始め各ご家庭のご協力もあって、無事前期の教育課程を修了できました。
あらためて感謝申し上げます。ありがとうございました。


この暑さを吹き飛ばすロシアからの風

長期天気予報では、7月は日本列島が30度を越すということで真っ赤に染まっています。
梅雨がいつ来て何時去ったのかわからないうちに夏の訪れです。
近頃は気のせいでしょうか、地球温暖化の影響でしょうか、季節の変わり目、例えば春から夏へという境界線をあまり感じなくなりましたね。
日本は春夏秋冬の四季があって、生活は自然の気候に依存していて、日照りが続けば村中の人々が集まって雨乞いをする。
雨は自然の植物・動物にとっては「命の源』だけに「夏」は水への思いは強くなります。
いよいよその夏がやってきます。
7月16日が「海の日」です。そして8月11日が「山の日」です。
そのうちに「川の日」「太陽の日」「植物の日」「動物の日」ができて、さらに「地球の日」「太陽の日」も定められるかもしれません。
何よりも自然からの恵みに感謝し、自然と親しむ心を大切にする教育が問われます。

 

年長組のみなさんへ

 

いよいよ楽しみにしていた夏の宿泊保育ですね。
今年は大房岬からもっと山深い房総のチベットと云われる「君亀少年の家」に3年ぶりにもどります。
少年の家の入口から宿舎までの早朝の散歩に出ると、サルの家族に出会ったりします。
正面の玄関に面した広間の窓から広がる後楽園球場が入るようなすり鉢状の芝生の広場では、段ボールのボードにまたがって芝生の坂を滑り降りる子どもの歓声が響きます。
夜は満天の星を眺めながらのキャンプファイアー、天気の良い日は人工衛星の軌道を追うことも出来るそうです。
雨の日は大きな体育館とプラネタリューム館が用意されています。
300人は収容できる明るい食堂では、調理スタッフが工夫を凝らしたビュッフェスタイルの食事が提供されます。
小学生と同量のお替わりをするので調理スタッフも喜んでくださいます。
宿舎に到着すると、ユニフォームスタイルのスタッフから2日間の施設での生活のきまりについて説明があります。
幼稚園児も中学生も同じルールが適用されます。
8人用のベットのお部屋の整理・管理・そしてベットメーキングと翌日の清掃・トイレの使い方入浴の仕方・消灯の時間等々、丁寧に子ども用のマニアルで説明します。
子どもたちも真剣に聞き、そして質問します。
「夜中、いのししはへやにはいってきませんか?」
「カギは かけてるのですか?」
「みはりは いるのですか?」
「ごはんは おかわりできますか?」
「ハンバーグは 出ますか?」
年長になると、あらかじめ三つの生活ルールが課題になります。

  1. 自分のことは、自分でする。自分の持ち物は 自分で責任を持つ。
  2. 友だちに迷惑をかけない。
  3. 時間を守る。

君亀でのお泊り会は、この生活課題の実践の場です。
子どもたちに向かって「みんなが楽しく生活するためには、よく考えてこの三つを大切にしよう。あとは、元気に楽しもう」
そしてさりげなく「おねしょの心配はしないでも良い。先生たちが夜中にそっとわからないように手伝うから…」と付け加えます。
瞬間、子どもの緊張感が消えていくのが目にも見えます。
病院は宿舎が契約している街の病院に事前にご挨拶をして夜間診療もお願いしておきます。
さらに自動車で30分の距離にある有名な鴨川の亀田病院への手配もできます。
また幼稚園から看護士が二泊三日でご同行頂くことになりました。
時節柄、食中毒などにも気を配りました。
料金的に割高になりますが、ニ日間の昼食は、初日は少年の家の調理、二日目はシーワールドホテルでのカレーライス等を手配しています。
また往復の観光バスも 鎌ヶ谷観光社長のご厚意で幼児でも二人掛けのゆとりのある座席で、ベテランの運転手さんを派遣して頂くことになりました。
地震津波などの災害対策として、3年ぶりに君亀の少年の家に復帰しました。
少年の家も温かく迎えて下さいました。
ご家庭にあっても参加に当たって、一週間前から健康管理に充分配慮して頂き、楽しいお泊まり会が出来ますようにご協力下さい。

 

西野Japanの戦略

 

この暑い夏を払しょくするようなロシアからのワールドカップの映像に気を高ぶらしています。
数年前、テレビで黒人の子どもたちが、太鼓のリズムに乗ってダンスをしているイメージでボール遊びをしている天真爛漫な姿に魅せられたことがあります。
そのバネの塊のような国の選手たちが、日本と対戦するコロンビアの選手と知って、良くても3対1ぐらいと半ばあきらめていました。
そのコロンビアに日本のサムライチームが接戦で勝利しました。
あらためて地球儀でコロンビアを探しました。
南米の北西部に位置する人口5,000万人ほどの共和国で、ブラジルに接するサッカー王国と知りました。
試合は開始早々、日本は一丸になって、怒濤のようにコロンビア陣営に真珠湾攻撃を思わせるような攻撃を仕掛けました。
その奇襲こそ、相手のハンドを呼び込んだのだと思います。
あの3分間のミラクル戦法が、西野さんが監督として確信した戦略であり、その一瞬の奇襲がその後の西野ジャパンの活躍に連鎖したような気がします。
大会寸前に西野さんを監督として起用した協会の思惑が見事にあたったような気がします。
そして6月24日は、さらに格上のセネガル共和国との戦い。
このセネガルは国名すら聞き慣れないばかりか、アフリカの開発途上国程度の知識しかありませんでした。
地球儀でたどると、アフリカのサハラ砂漠の西南端に位置する人口1,500万人の共和国ということを始めて知りました。
この国の選手一人一人のしなやかさな技と身体能力は、素人目にも格上です。
このチームに、日本は正面から力でぶつかりました。
あらためて芝生の舞台に繰り広げられる「緻密さと華麗さと力」が織りなす「格闘技」は、大相撲の桟敷席で耳に出来る「バシ バシ」と肉体がぶつかり合う音がする肉弾戦に似ている感がしました。
10mを10秒台で走りきるスピードランナーが90分間のフルタイム、10kmの距離を全力で走り切るスタミナ戦を楽しんでいます。


友だち感覚でお子さんと話して見ませんか

6月は新緑が萌え、自然が躍動する季節です。
幼稚園もこの季節長雨が続くと、あちこちに水たまりができます。
年少さんはドロンコスベリに飛び出して、追いかける先生と鬼ごっこを演じたりします。
子どもにとっては枯れ枝のたまり場が忍者小屋になったり、狭い裏の通路があそびの秘密基地であったりして、目の届かない幼稚園の隅々が、子どもにとっての「パワーポイント」になるんでしょうね。
安全面、衛生面に配慮しながら、子どものボウケン心やチャレンジ心を沸き立たせる環境づくりも大切です。
数年前のことですが、4歳になったMちゃんが、私を見つけ駆けてきて、目の前でハイタッチ。
小さな両手を冠のように頭にかざしてかがむ。
くねくねと立ち上がり、パッと両手を開く…
「これ なぁんだ?」。
「わかった。チューリップでしょう」
「あたり〜っ」と両手で丸をつくって立ち去っていきました。
女の子ならではの身体表現。
なんともほのぼのとした瞬間でした。
ことしも絵の講師を兼任します。
子どもと一緒に絵を描いている時がとても幸せです。
絵を描いていると、子どもたちがよってきて、いろいろと話が弾みます。
先週も園庭の片隅でスケッチブックに色づけをしていると、年長のK君が「スケッチブック」をもってきました。

K「先生の絵、じょうずだね」「ぼくもかいていい?」
私「もちろん ウェルカムだよ」
K「じゆうに かいてもいいの? 」
私「すきなものを描けばいいよ。じゆうでいいよ」
K「せんせーしってる ぼくのママ うるさいんだよ」
私「それどういうこと?」
K「はを みがいた? おべんとう もった? いつも いうんだょ」
私「kくんが やるべきことをやらないから いわれるんじゃない?」 
K「ママはうるさい パパもいってるよ でもぼく ママだーいすき」「ぼく、いま おかねもちになりたいな」
私「どうして?」
K「だって ママが しあわせになれるから」
私「幸せって お金では買えないとおもうよ」
K「お金が あれば、マンションも電動自転車もかえるよね」
私「電動自転車? マンション? きみのものはかわないの?」
K「たからくじ 1まんえん あたれば、マンション かえるんでしょう」
私「ママも先生も K君の気持ちだけで うれいよ あたるといいね」

6月は父の日です。
「おとうさんありがとう」と感謝する日なのでしょうが、幼稚園でも「お父さんとあそぼう」のタイトルでお父さんのご来園楽しみにしています。
どうぞお父さん、お気軽にいらしていただき、お子さんとご一緒に同じ目線になって気軽にあそんでみて頂ければ幸いです。
子どもたちは、この日をなんとなくてれくさそうにしながら、ちょっぴり緊張して、実はとても楽しみにしています。
子どもにとっては、お父さんは、お母さんとはちょっと異なった存在なのかもしれません。
私も4人の子育て経験がありますが、妻の子どもへのかかわりは、自分のお腹を痛めて出産した自信からくる「思い」があるように感じます。
特に息子に対する「くすぐったいような父親としての子どもとの距離感」に比べて、母親は息子を丸ごと包みきれる愛着を感じます。あくまで我が家の子育て間ですが…
しかし、私のように父親の生活体験を持たない母子家庭で育った子どもでも、父親は「小僧の神様」で灯台の光です。
父親は、いざとなれば途を照らしてくれる羅針盤なのでしょう。
そこで、ちょっとお子さんとの距離感を感じるお父さんへのヒントです。
「子どもとあそぶ時は、子どもになってあそびましょう。」
あそびの真髄は「強者が弱者にあわせる」ことだそうです。
「お父さんはキャッチボールを楽しまないでコーチになっちゃうんだ」

小学生3年生の作文です。
散歩に出てブランコをこぎながら、お父さんの幼い頃の思い出や夢を話してくださるのもよいですね。
4歳ぐらいになると、わが子もこんなことを考えているんだとびっくりさせられることがあります。
「愛」について「友だち」について「幸せ」について、お母さんのことについて、そしてお父さんの仕事についても「話し合って」みてはいかがでしょうか。
この時期の子どもたちは、幼稚園で穴の掘り方、友だちとのかかわり方、縄跳びのとび方・木の登り方・直観力・思いやり・判断力を見よう見まねで学習していきます。
その過程でお父さんの人生のアンテナになる灯台の灯りは必要なのです。
これからの季節、日頃お忙しいお父さんが、アウト・ドアーなどでキャンプやハイキング、バーべーキュー等とお出かけになる機会が多くなると思います。
時間がとれないお父さん、仕事場にお子さんを連れて見学するなどは難しいことですかね。
電車に乗って仕事先の商店街やビル街、工場見学などを散歩してみるのはいかがですか。
お父さんが話してくれる現実と空想がミックスされているお父さんの即興話は子どもにとって最高です。
大人で云えば、定番通りの高級店よりも、時にはガード下の屋台の焼き鳥屋を好むように、子どもも同じ姿勢で大人が楽しんでくれる世界の法がずっと好んだりするものです。



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