日本人はどこからきたの?

11月の連休、新幹線に乗って日帰りで京都の東福寺と嵐山の天龍寺へ紅葉を観にでかけてきました。
天龍寺の方角からみる庭園は、最盛期の紅葉に彩られ見事でした。
こぼれる光を通してみどり・黄緑・赤茶・朱と色が映えて、重なる葉の色合いのコントラストはさすが世界遺産でした。
紅葉と新緑で有名な名刹「東福寺」は、人・ひと・ひと…
通天橋から見下ろす紅葉は、花畑、日本の庭園芸術のほこりですね。
早朝、5時に自宅を出て新幹線での日帰りの京都への旅。
立ち止まって見たのはほんの10分程度。
つかの間の10分が輝いて、不思議満足感を経験しました。

「古代船で3万年の航海」のロマン

千葉明徳学園で、国立科学博物館の南部陽介博士を招いて「日本人はどこからきたのか?」「航海者だった祖先たち」というテーマーの講演がありました。
「3万年前アフリカで誕生したホモサピエンスが、アフリカを出て各方面に広がっていった」
「ヒマラヤを超え、船に乗って日本に定着した形跡がある」
アジア各地の遺跡や化石、DNAの証拠と併せてホモサピエンスの定説を見直すため国立科学博物館がプロジェクトを立ち上げて、「日本人の祖先はどこからきたのか」という実証研究に取りかかったそうです。
朝鮮半島から対馬を経緯して日本へ移動するルート。
樺太を経て陸続きであった北海道から南下するルートに加えて、もう一つの海洋ルートを提唱したことになります。
我々の先祖は、今から3万年前に台湾から沖縄をめざし、黒潮に乗って船で渡ってきた「航海者」だったという説は、広大な夢とロマンがありますね。
斧もカッターも無かった時代にどのような方法で船を造ったのでしょうか? 
プロジェクトチームはその実証研究の一つとして、実際に現地で当時の草・つる・木の枝・竹を使って、石斧や貝殻等で古代船を建造しました。
そして実際に海へ向かってこぎ出しましたが、失敗を繰り返します。
それでもめげずに、数年かかって切り倒した樹木を石斧で削った丸木船を建造しています。
近々、台湾から日本の与那国島まで3日もかけて航行する計画途中であるという報告が熱く語られました。
ロマンに満ちた実証研究は「夢」と「ロマン」がありますね。
この黒潮に乗ってのチャレンジ航行プロジェクトには「3万年も昔に船で男女の原始人が丸太船に乗って航海する」ことで、日本に定住したという人類アジア説が実証されたとしたら、それは大きなロマンですよ。
我が先祖は地球規模の民族大移動を成し遂げたのですから…

 

来る2019年、新しい元号を迎えます。
来るべき新しい時代は、私たちに何を求めているのでしょうか。
宇宙開発がさらに進歩して、ジョージ・ルーカスが描くような宇宙都市の時代が到来する方向で時代が走っています。
そんな中で、石斧で丸木舟を削り、風に任せて台湾から与那国島に向かって航海するプロジェクト人たちのロマンに心を引かれました。
今、年長さんは日本の民話の中でも語り継がれている「桃太郎」の表現劇あそびと取り組んでいます。
桃太郎を巡る「桃太郎伝説」は、日本全国各地で伝承されています。
いずれの「桃太郎」も平和を脅かす鬼の暴力と災害の恐怖を追い払い、幸せを取り戻す「英雄」として語り継がれてきました。
この「桃太郎」を巡って、年長児は「人の愛・心の美しさ・生きる力・友情との助け合い・言葉の発声・楽器の演奏」について、語り合ってきました。
卒園まであと数ヶ月、一日一日の生活を噛みしめることによって、三年間一緒だった友だちとの関わりを通して、自立心を育てていくきっかけになると思います。
年長組のスタッフにとっても、この劇あそびを通して、子ども同士で「話し合うこと」の大切さを見守ってきました。
「話し合う」と云うことは大人でも難しいですね。
その秘訣は「相手の立場を認める」ことからスタートです。
具体的には「強者が弱者に合わせること」が基本です。
強者の思い通りにするための話し合いは成立しません。
夫婦の話し合い、親子の話し合い、教師と生徒の話し合いにしても、強者が弱者に物事を押し付けることは逆効果を生じたりします。
子どもと大人との話し合いは、弱者である子どもの主張を認めると、おもしろい展開が拡がります。
桃太郎とはどういう人?犬は?鬼どうして悪いの?おばあちゃんはどんな人?…と子どもに聞きながら台本を書いたとしたら、それこそとんでもないことになりそうですか?
「いやいや 結構、常識的な台本になるかもしれませんね」
今年も年長児と一緒に絵を描くチャンスをいただきました。
毎回、子どもたちの描いた絵をボードに展示して、一人一人が自分の絵、友だちの絵の「良いとこ」さがしをして話し合います。
実際に画用紙に向かって描く時も、描きたいものを子どもが「脳にイメージ」できるように子どものおしゃべりを大切にします。
例えば水槽を泳いでいる金魚をスケッチしています。
Y「せんせー たこ かいてもいい」
T「金魚とタコのイメージが うかんだら かいても いいよ」
M「きんぎょと たこは いっしょに すめないよ」と隣の女の子Mちゃん。
Y「あっ そうか カメはだいじょうぶかな?」
二人で図鑑を見ながら、カメは陸亀・海亀…いっぱい種類がいることが、話し合いでわかりました。
結局、M君は目の前に泳いでいる金魚だけを描くことになりました。
今の科学技術なら、金魚とタコが同居して飼育することも可能かもしれませんね。
 
降園時、門のところでお母さんと一緒のY君との会話
Y「おかねが あればしあわせになれるよね」の突然の質問
お母さんの前での突然の質問。
T「そうかな そうかな?難しい質問だね。運がよければね。運は誰にでも降ってくるんだよ。一生懸命努力すると、運の糸が見えてくる。掴めるかどうかは君しだいだ。幸せは君の心がきめるんだ。だからお金が無くても幸せになれるとおもうよ。ねぇ おかあさん」
お母さんはうなずいてくれましたが、質問好きのM君には、難しい答え方でした。


夏が過ぎて、秋模様。自然はすでに冬支度

子どもたちとえのぐを使って絵を描いた。
「何を描いたの? 水槽で元気に泳ぐ金魚」
子どもたちは、優雅に泳ぐ金魚を目で追い、さっさと鉛筆でデッサンをする。
すばやくチューブからパレットにしぼり出したえのぐをたっぷりと太筆につけて大胆に泳ぐ金魚に色づけをする。
描かれる金魚も幸せそう。
描く子どもたちも幸せそう。そして見守る先生たちも幸せそうで…
私もほのぼのとしました。
「金魚は、夏だから…秋の果物?」
「そうだ。柿を描いてみない?」
「いいよ」と、子どもたちは植木屋さんが切ってくれた園庭の枝付きの柿の実を描き始めました。
絵は心が躍らなければ、色も形も縮んでしまいます。
楽しい一日でした。

森や畑のある自然の中で、子どもが心も身体も弾ませて生活する

「自然と共生する環境つくり」を追求してきた「健伸kidsプロジェクト」が高く評価され、公益財団法人日本デザイン振興会主催の審査会で「2018年度グッドデザイン賞」を受賞しました。
11月4日まで東京六本木のミッドタウンで公開されています。
学院創立以来、地域の片隅で地道に実践を積み重ねてきた健伸学院の野外教育の実践が、高く評価されたことに喜びを感じます。
夏休み、土・日・祝日を返上してこのプロジェクトを推進してきたメンバー、そしてこの企画作りに努力した草野・戸井田・柴田教諭に「あっぱれ」と拍手を送りたいと思います。
森の中での生活を通して、電気もガスも無い生活を子どもたちが「不便だと感じる」ことから新たなる発想が広がる。
そこから、ことを進めていく教育の実践が評価された喜びです。

審査委員の評価コメント

小学生対象の休暇期間のプログラム。
野外活動と共に学習が行われている。
独自の環境を整備しつつ、課外授業としての展開は国連ESD教育にもにた独自性がある。
自然環境教育を推進する世界の動きがある中、長く続き継続されている活動に先進性をみた。
今後、野外教育の教育論がここから発信される様な取り組みになって行くと益々期待ができる。

オランダやドイツで普及している自然と共生する「森の幼稚園」運動に魅せられて、10年程前に鎌ヶ谷市軽井沢にある雑木林6000平方mを譲っていただきました。
常緑樹を切って落葉樹だけの「健伸の森」がスタート。
時間と手間をかけて手作りであそびの環境を整備。
穴を掘ったりツリーハウス・ハンモック・煉瓦を積んで大きな釜戸等を設置。
子どもたちの目線にたった野外施設づくりに励みました。

普段は年長組が水筒持参で園バスに乗ってあそんできます。
土・日・祝日は、小学生の野外教室が中心。
夏休み等の長期休みには自然をフィールドとしたテント生活等の野外学習を展開します。
この森は、子ども目線であそべる落葉樹の林です。
子どもたちはこの森に一度でも出かけると、森の魅力にとりつかれるようです。
森でのあそびが広がって、ゴムまりのように心が弾む感じがするようです。
土・日曜日や祝日、夏休みや休日の「森の生活プラン」が、下記のキャッチフレーズで呼びかけると、申し込みが殺到します。

いま 君たちは
なにをやりたいか かんがえてみよう
そして汗を流して 夢中になって
土と とり組んでみよう。

今、小学生の放課後ルームの増設が緊急課題になっています。
通常の放課後ルームは、親の都合や意向が先行した学校の空き教室を利用する閉鎖的なイメージがあります。
私たち大人も子どもも森の中という非日常的な自然の中で虫探しをしたり、炊飯活動や畑仕事、そして自由に過ごせる時間…
ハンモックで読書したり、木登りをしたりして過ごす野外体験学習が中心です。
kidsプログラムでは、昼食は自分たちで育てた野菜を収穫して、自家製の味噌でみそ汁をつくる。
そして薪をくべた大きな釜で炊きあげた米飯で、それぞれ自分好みのおにぎりをにぎって食べる。
おむすびの大きさ・握り加減…
このほどほどの感覚がわからない子が多い。
森の教室は自分に適したほどほどの感覚、そして直感力に欠けることを実感することからスタートする。
メンバーは5年生程度が頂点で、卒業していく。
高校生や大学生になってボランティアで手伝ってくれる子も多い。
子どもたちは森の活動を通して、農家の人と同じように風を通して季節を感じる。
雨を感じ、時には激しい雷の恐怖を感じたりする。
時計もない、テレビもない、スマフォもない、ゲームもない…
森の活動を通して「自分の位置調整力」を学習していく。
快適に過ごせるための薪割りのコツ、ノコギリの引き加減、にぎりめしの握り加減等を学習することで友だちとの距離感覚が理解できるようにもなる。
西の空を見て、風向きや雲の形や色で天候を読み取ることも農家のおじいさんから学んだりする。
夏の天候で木に実る「実物」、地中に実る「根物」の収穫のできの善し悪しを学んだりする。
ドラム缶風呂の湯加減・火加減・薪の割方・手漕ぎ井戸のリズムのとり方…
森の生活は子どもに人間の知恵である「道具の使い方」「道具の作り方」を教えてくれる。
私たちはカーナビに頼ることによって、方角と地図が読めなくなりました。
親指と小指が向かい合って、ものをつかみ道具を巧みに駆使できるように「人間に与えられた道具を使う知恵と能力」を失い欠けています。
この能力を失い考え工夫する能力を鍛えないと、人間らしさが失われていく気がしますね。


自然に感謝 夏の思い出

この夏は、焼け付くような熱暑でしたね。
プールの水温が上昇し、大気温と体温とほぼ変わらないような状況になりそうなほど暑い日が続きました。
台風も「これでもかこれでもか」と、日本列島を襲ってきましたね。
台風がスピードを落としたり方向を変えたり、再上陸したり迷走しました。
河川が氾濫・崖崩れ・高潮で空港が水浸し等、自然がもたらす風水害の恐ろしさを知らされました。

9月6日、未明の北海道を襲った震度7の大地震。
大規模の山崩れによって、多くの人が土砂に埋もれ心肺停止の状況で発見されています。
カナダに移住している友人が「大丈夫か?日本は、沈没しちゃうんじゃないか?」
「最近の日本人は、馬頭観音とか地蔵さんとか、自然の神への感謝を疎かにしてるせいじゃないか」と連絡をよこしたそうです。
「馬頭観音?地蔵さん? 彼は熱心なカソリック信者で、カナダ人と結婚してカナダに移住したのに…相変わらず勝手なやつだ」と言いながらも、二人とも考えさせられました。

国土の70%の山岳森林で四面海に覆われている日本。
その狭い日本で昭和38年東京オリンピックを開催した。
以来半世紀、日本は経済大国として発展して、道路を張り巡らし、橋梁をかけ、トンネルを掘り新幹線を伸ばしてきた。
その施設も半世紀を経て、老朽化のため再開発の時期を迎えている。
カナダの在住の友人が、福島原発事故の際に日本脱出を勧めてくれたが、誰もこの美しい国を離れようとしなかった。外国から見ると日本は美しい観光地だが、生活をする国ではないと思われているかもしれないが、大方の日本人はこの国土を誇りに思って生きている。

秋きぬと目には さやかに見えねども
風の音にはおどろかれぬる
(藤原敏行)

そういえば、9月に入ってから台風の余波のように強い風が吹きますね。
今朝も貯水池公園を散歩したら「オーシンツク、オーシンツク」と秋蝉が鳴いていました。
風の向きも、風の色も太陽の色も向きも光も傾斜も、すっかり秋ですね。

9月9日、「目黒のさんま祭り」だったそうです。
NHKテレビのニュースで目黒区民が大量のサンマを食べている映像が報じられました。
三遊亭金馬が得意としている落語で、初めて目黒でサンマを食した殿様が「やっぱりサンマは目黒に限る」とほめた一言が縁で伝わる「目黒のサンマ祭り」で、いよいよ秋。

あわれあきかぜよ 情あれば伝えてよ
男ありて 今日の夕餉に 一人サンマを食らいて
思いにふけると
さんま さんま そが上に 青き蜜粕のすを したたらせて
さんまを食らうは その男の故郷のならいなり

有名な佐藤春夫の詩です。
このさんまの歌は、秋の気配を感じさせられます。
そして臭いも漂い、コンロに炭火、網の上に塩をまぶして、うちわで風を起こす様、煙に目を細める姿…
秋の気配が絵になりますね。

秋には、色が有る、音が有り、臭いが有る。

私はさんまを食べるたびに亡き母を思い出します。
二人が座る小さな円い食卓に一匹のさんまが半分。
頭は私で母がしっぽ が母子家庭の母のルールだった。

駅から帰路、さんまを焼く煙と臭いが漂う生垣の向こうから聞こえる団らんの声を聞きながらほのかな憧れと寂しさを感じたりした高校時代。
秋の気候はすっきりだが、心はなぜか物憂い。
佐藤春夫のこの「さんま」の詩から、思いが届かないもどかしさを感じませんか。
生真面目で不器用な男が、庶民の魚をうたいながら、もどかしさをうったえていますね。
どうにもならない想いを伝えられない、伝えてもどうにもならない男心のもどかしさ。
このもどかしさは「秋特有のもどかしさ」の様な気がしたりします。

想いに悶える秋の風。
「春になると、恋が芽生えれ、秋になると恋も終わる」
年長の夏の泊まり会のキャンプファイア。
私が登場して歌い続けてきた曲「山賊の歌」です。

雨が降れば 小川ができ、風が吹けば 山ができる
ヤッホォ ヤホッホー  楽しいところ
夜になれば、空には星 月がでれば おいらの世界
嵐になれば、波が立ち 波が立てば 船が沈む
はーるになれば、恋が芽生え

「わかるかなぁ?」と問いかけると、うなずきながら
「らぶらぶ になることでしょう」とあちこちで子どもがささやく。

あきになると、こいも おわる
秋になると、恋が終わる
(わからないよね)(わからなくていいんだよ)

翌朝「山賊の歌 おしえて」のリクエスト。
理由は「お母さんにあいたくなっちゃったから」
(どうやら秋になると 恋も終わるが ポイントらしい。)

やはり「秋」は子どもでも物悲しく、お母さんを思い出すんでしょうね。
秋はふる里なんです。
秋は大人であれば「物憂い恋」なんでしょうね。
子どもにとっては、「お母さんのミルクの臭い」なんでしょうね。

実は、この「さんま」は生真面目な佐藤春夫の熱烈な「恋歌」です。
妻の妹と浮気をして煮え切れない夫婦関係にある友人谷崎潤一郎。
彼は、このサンマの詩を契機に妻と佐藤春夫の恋を認め、結婚を承諾する決意をするきっかけになります。
二人の文豪が一人の女性を巡って物憂い永年の関係に終止符を打ったといわれる「さんまの詩」です。

楽しみにしている運動会、曲も振り付けも衣装も決まって園庭にこどもの歓声が響きます。
秋は何といっても運動会。
運動会には、人それぞれ思い出がある。
運動会には、家族団らんがある。
母子家庭だった私にも運動会には母が近所の人の輪の中にいた思い出がある。
運動会には青い蜜柑があった。
運動会には喜び・心の高まり・くやしさ・頑張り・緊張・達成感があります。
そして家族の目に包まれて参加する喜びがあります。
それぞれのお子さんは、意識をもって頑張ったからこそ、味える喜びと悔しさ。
幼児期だからこそ、その育つ心を大切に包んであげたいと思っています。



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