ドングリは「実」それとも「種」?〜描画を通しての子どもとの対話〜

大人にとっては何かとせわしい師走を迎えますが、子どもにとって12月は流れ星のように夢がたくさん降ってくるファンタジックな季節です。
私の中学の時からの恩師である合志先生が怪我で静養されて、私が絵画表現の指導を代行することになりました。
あらためて子どもと共に生活が出来る喜びをかみしめています。
子どもが絵を描く時の教師の導入や言葉がけで、描く絵が輝きます。
例えば4歳児がウサギの絵を描く時は、ウサギを抱いたり触ったり感触を身体に刷り込んでから画用紙に向かいます。

心のキャンパスにウサギのイメージがデッサンされると、子どもはウサギを見ないで一気に描きます。
この描くまでの導入過程がとても大切です。
描画活動においても、子どもが成長していく道筋があります。

2歳8ヶ月頃までは、描線よりも言葉が先行します。
3歳のお誕生頃から子どもが描く描線に形が出てお話の世界が広がります。
人との関わりが見えてくる5歳の誕生の頃、子どもが描く絵に自分が描かれ、虫・動物・ママそしてパパが描かれてきます。
そして6歳のお誕生の頃になると、地平線が描かれ億を小さく手前を大きく描き絵に奥行きが出てきます。
この年齢の描画の過程は、描線・形・色・構図等の表現技法においても世界中の子どもに共通点が見られます。
2歳の前後に見られる線のつながり方やその形。
3歳の子どもが描く丸や渦巻きの描き方。
丸を描くとき、始点からの描線が結べない終点…
丸い顔から直接に手や足が描かれる頭足人間は、古代の土器や壁画に描かれています。
ハイハイから二足歩行、そして言葉の獲得…
子どもの描画の道筋に人間の発達の過程が表現されていきます。
また点から丸・直線で囲む四角や三角は手先の発達につながります。
年長児の絵画指導は、指先を使うデッサンを繰り返しています。
描画表現は文字による表現力を持たない幼児にとっては、大切な「心の表現」手段です。
それだけに子どもが描く一本の描線が、子どもの心の中に膨らんでいる気持ち「思い」の表現であり表出です。
年長児の子どもたちとの対話
「ドングリングリは実なのかな、種なのかな?」
「実でしょ」
「ドングリの木がドングリを落とすとリスがたべる」
「そしてリスは冬のために、あちこちに穴を掘ってドングリ(種)を埋めておくんだんだよ」
S君「リスって 頭がいいね」
M君「ちがうよ、リスはうめた場所わすれちゃんだ」
「そうだね。リスがわすれてくれたおかげで、ドングリは春になって芽を出して木になれるんだ」
「やっぱりね、たねだったんだ」
この話を脳にイメージできてる子は、絵の世界が広がっていくはずです。
ザクロの実を描くことになった。
「ザクロを食べたことがある人?」
誰もいない。
「ザクロって 食べられるの?」
「スーパーで売ってないから食べられない。」
「幼稚園の柿やザクロはの実は誰もとらないのに、いつのまにかなくなっているね。だれがたべるんだろう?」
「きっと からすだよ」
「ちがうよ。チッチとなくしっぽのながい鳥だよ」
「すずめがいっぱいとまっていたのをみたことあるよ」
「鳥が柿を食べて一番喜ぶのはだれだろう?」
「一番喜ぶのはザクロの木だとおもうよ。」
私の言葉に子どもたちは「どうして?どうして?」と身を乗り出してくる。
「鳥たちに実を食べてもらって、あちこちに種をまいてもらうんだよ」
「わかった。鳥に種をうめてもらうんだよね。」
「うめる?どうやってうめてもらうのかな?」
子どもたちの話が広がる。
「ザクロの種が、鳥のうんちにまじって土にまかれるんだとおもうよ」
「へぇ、やっぱりね。うんちなんだ。うんちだってよ」
「リジチョウ先生はいろんなことをしってるね」
「ネットで調べたんでしょう。」
「先生が小さいとき図鑑もないし、大きい人に質問して勉強したんだ」
このような話の導入経過があって、子どもたちはそれぞれザクロの枝の周りで自分の位置を決めて描き始めた。
子どもたちが描いたザクロは、熟した口を開いたきれいな色の実が描かれ、小鳥たちが群がる楽しい世界が色鮮やかに描かれていました。
先週、長野の円福幼稚園でも魚と柿とザクロを描きました。
長野県は四面を山に囲まれているので、海の魚には興味関心が集まります。
私が描いたアジの絵をのぞき込んだ子が「せんせいじょうずだね。この絵の魚おいしそうだね。うれるかも…」とほめてくれました。
研修会等で質問が出ます。
「子どもたちが絵を描くことがすきになるにはどうしたらいいですか?」
「子どもが絵を描くとき、そのつぶやきに耳を傾け、子どもの描く世界をくみとってほめてあげることです」
と答えています。
私もこの年になって5歳の子にほめられて、自分の言葉に納得しています。


伝統こけしがよみがえった「形で見えない幸せ」

伝統こけしの収集が私の密かな趣味です。
幼稚園を設立した昭和48年、順天堂大学の太田昌秀先生から伝統こけしを紹介されて、その素朴な美しさに魅せられました。
伝統こけしは東北地方特有の世界に誇る文化財で、その円筒型の頭と胴だけの木地に筆で描かれた表情は、モナリザの微笑を思わせる童女のほほえみです。
昭和の年代は「こけしブーム」で、東京の大丸デパートのオークションには全国から人が集まり、明治生まれの師匠格の工人が挽いたこけしは、私の給料では購入できませんでした。
豊臣時代に東北に移り住んだ木地職人が、温泉土産のオモチャとして挽いた人形がこけしの起源と言われています。
東北地方の各地で工人が工夫して、徒弟制度のもとでその伝統技術が受け継がれてきました。
それだけに名のある工人の作品は事前に手紙で依頼して、直接訪ねていく熱意がないと手に入りませんでした。
こけしの工人は、東北の奥地の温泉街に近い村落に住んでいます。
私が訪ねた工人だけでも、青森の黒石・岩手の花巻・宮城の鳴子・作並・山寺・秋保・山形の天童・上山・肘折…等々で、それぞれの地区で挽かれた「こけし」はろくろの挽き方・顔の表情・髪型・目・口・眉等の描彩には代々伝えられた特性があります。
徒弟制度の下で師匠の許しが無い限り眉一本の描彩も伝承出来ない仕組みになっています。
したがってこけしの研究家は学者と同じく、手にする「伝統こけし」でその制作年代・師匠名を判定することができます。
そのためにも奥が深い知識が必要です。
私のコレクションは、それぞれその年の思い出が込められています。
土手を滑り落ちたり道に迷ったりして、工人から直接譲り受けた「伝統こけし」は50本ほど。
それ以外に温泉地のこけし店やオークションや仲間同士の交換で250本ほど所有しています。
当時は若手の工人の新作でも、今では名人級の作品になっているのもあります。
時々、成田の参道の骨董店等で名のある名人級の工人のこけしが、描彩が薄れたり古くて鮮明で無いという理由で、段ボールに転がされていることがあります。
伝統こけしには制作者の名前が記されていますが、偽物も多くその判定は難しいのですが、本物が転がされていたりしてショックを受けたりします。
今年、私の中学からの師匠である画家の合志先生が怪我をされて、私が描画の指導を引き継ぐことになりました。
山形や長野の幼稚園では長年指導はしていても、健伸で直接子どもの描画指導はしていなかったのでわくわくしながら両園の年長の子どもたちの中に入って一緒に学んでいます。
エンピツの持ち方・筆の作法・パステルの使い方等…
基本を繰り返して手のひらのデッサン・葉っぱの観察・あじさいのデッサンを経て、9月から念願のこけしのデッサンに取り組みました。
二尺のこけし〈60cm〉の「己之助こけし」を「わりばしペン」で墨汁をつけて和紙に描くことをイメージして、こけしのデッサンを繰り返しました。
10月に入ってから自宅に飾ってあったお気に入りのこけしを40本ほど幼稚園に持ち込みました。
30人ほどのグループで10cmほどの小型こけし・太いこけし・彩りが鮮やかなこけし、それぞれ気に入ったこけしを一本を選んで、一人一本を描くことにしました。
「こけしって それぞれ顔や目がちがう」
「なんで 男の子の こけしが無いの?」
「このこけし 目が ほそくて ながくって きれいね」、
「こけしは だっこ しやすいね」
「なんで黄色みたいな色になるの?」
子どもたちの感想をかみしめるように聞きメモします。
子どもの描いた作品は、それこそ工人に見せてあげたいほど、ほのぼのとした表情の絵が描けました。
老工人が「描線は孫に学んだ」といった言葉、そして「子どもの描く描線は、時として名人芸を凌ぐ」と言われた有名画家の言葉をおもいだします。
子どもたちが集中して描く目・鼻・眉の描線は、模写から独自の世界に入っていく…
そのきっかけになってホッとしています。
こけしの由来は諸説ありますが、東北の貧しい寒村に生まれた女児を間引きした「子消す」として大切にされたという説も伝えられています。
「人形の暗きところでわれを見ゆ」
ほこりをかぶっていた「こけし」を年長さんがよみがえらしてくれました。
 
数年前になりますが、仙台での会合の帰途、出発間際の仙山線に乗り込みました。
車内はリュックを背負ったハイキングのグループで満員。
しかも6割は私と同年齢のシルバーツアーです。
原色の華やかな衣服を着こなし余生をゆったりと楽しんでいるようでした。
仙台の奥座敷と言われる作並温泉駅からハイキングコースで名高い面白山駅までの車窓は秋の絵巻でした。
けやき・白樺・銀杏の葉が黄色に燃えて、そこにウルシ・もみじの葉が朱と紅色に染まり、浮きあがる自然の秋の営みのみごとさに朝からの疲れも忘れて見とれました。
偶然でしたが、こけしのふる里ができました。
終点山形までのつもりが、人並みに釣られて山寺の駅で降車していました。
小雨模様の中、駅前で傘と帽子を購入、駅のロッカーに背広の上着とバックを預けて立石寺へむけて歩き始めていました。
てきぱきと一人で行動している自分に苦笑しながら、800段の岩山に張り付くような急傾斜の階段を奥の院まで一気に登りました。
日頃せかせかとした生活に慣れてしまうと、ゆったりと目的のない時間に戸惑ったりすることがありませんか。
これでは人生疲れてしまいます。
「形で見えない、お金で買えない幸せ」は「心のゆとり」ですね。
子どもにとってはお父さんお母さんと一緒に目的もなくぶらぶら散策できることがうれしいのでしょう。
「親と一緒に居る時間帯を幸せと子どもが喜んでくれるなんて、今の幼児期だけかもしれませんよね!」
自然界が冬支度に入る秋の終日をご家族でお楽しみください。


庶民の日曜日はサザエさん

陽が沈むと同時に暗い帳がおり、道路の片隅からも虫の鳴き声が聞こえてきます。
虫の音、台所から漂う夕食のお料理の香りが秋の哀愁を奏でてくれます。
18時30分「お魚くえたどら猫をおいかけて…ようきな サザエさん」
幼い時から口ずさんできたさざえさんのテーマーソング歌声が聞こえてきます。
「あぁ 日曜日がもおしまいだなぁ。また月曜日からはじまるかぁ」と心が重くなりませんか。
子どももお父さんも、おじいちゃんもお母さんも、おばあちゃんも、いつかどこかで感じたことがある…
この季節ならではのほのかな哀愁ですね。
日曜日は何ごとにも拘束されない平和で自由な日。
その日曜日の解放感とさざえさん一家ののどかな風景がどこか共通するのでしょうね。
久しぶりに昔の仲間が集まりました。
「サザエさん」がフジテレビで放映された昭和44年の頃の友だちです。
まだ日本中がオリンピック景気で輝き、働くほどに生活が豊かになる実感を噛みしめて働いた記憶があります。
「あの頃は、駅前の商店街もにぎやかだった」
「買い物をするのにも言葉のやり取りがあったね」
「このアジ塩焼きにしたいの」
ねじり鉢巻きの魚屋さん「あいよ」と答えて調理した。
「今ではスーパーでの買い物は無言でレジを通り支払ができちゃうのよ」
「さざえさんの漫画に出てくる三河屋さんの御用聞き、牛乳配達、色々お店の配達がにぎやかだったね。この頃は人手不足でお店の配達がない」 
「中学の時、新聞配達・牛乳配達・納豆売りもやった覚えがある」
「今では配達どころかネット通販だもの。香も色もないわね」
「昔は季節に色と臭いがあった。特に秋は空気も澄み、色も香も格別だった」
「そういえば路地裏に響く『とぅーふー』のラッパ音はなつかしかったね」
「垣根越しに漂うサンマの香りと煙も秋の風景だった」
「隣近所の生活の息遣いを感じることが出来たわね」
「秋の日曜日は町内の子ども会そして神社のお祭り…」
「笛・太鼓・夜店…秋は町内ごとに神輿が繰り出されたね」
「祭りは子どもも一人前にあてにされて、学校を早引きできた。あれはよかったね」
「高齢化で神輿も担ぎ手がいなくなる」
「祭りのスポンサーだった商店街はシャッターを降ろし、街の街灯まで消えてさびしくなったね…」
秋はおしゃべりの季節、縁台将棋のように隠居談義も閉じる気配もしなかった。
核家族になり板塀に囲まれて路地裏文化が消えて高層マンションの厚い壁におおわれ地域のコミュニケーションが希薄になりました。
周り近所の生活の香りも音も気配も薄くなれば、昔はあたり前であった親切・友情・思いやり…
形では見えない温かさ安らぎ解放感が消えていきます。
でも昔はよかったと愚痴を言いながら、日曜日は朝からテレビの前に座り込んでボタンを押し続ける生活を堪能しています。
お金でも買えない大切なものとはなにか?
経済効果とはなにか?幸せ感とはなにか?
そして子どもにとって幸せとはなにか?
利便性を追求した合理的な生活文化が、街から香り・色彩・生活の気配・佇みを消し去ってしまいました。
子ども不在の制度の押し付けの中では、子どもの安らぎは期待できませんね。
子どもが真に求めているのは、お金で買えない「家庭のやさしさと温かさ」です。
いつの時代でも子どもにとって幸せに感じるのは「愛されているという実感です」
今月も広田廣介の「お月様と雲」を掲載しました。

「お月さまと雲」
からすは杉の木に ねどこをつくってすんでいました。
秋もふかくなり からすはだんだんさむくなってきました。
風が夜中にふきだしました。
からすはさむくて目がさめました。
「やあ まるみえになっている」
高い空から見おろして、お月さまが言いました。
「かわいそうに なにか うまい くふうはないか」
夜の雲がふんわりうかんでいました。
雲はながれて だんだんにお月さまのそばにきました。
「雲さん 雲さん そら あの森の木のえだに からすが みえませんか」
森のはずれのすぎのきに、カラスがしょんぼりとかがんでいるのがみえました。
「あれではきっとかぜをひく」
「あなたはちょうど わたみたい」
「どうでしょうか すこしばかりちぎってとって からすのからだに かけてやってくださいませんか」
「わかりました」
「わたしのからだぜんたいに つつんであげよう」
からすはそのばんもう一どねて、あおいごてんにすんでいる白いからすのすてきなゆめをみました。

秋は心の温かさが弾む季節。
サザエさんの三世代が囲む食卓に代表される昔ながらの笑顔が弾む夕餉とリンクするのでしょう。
磯野家は平和な庶民の日曜日の象徴です。
廣介童話は素朴な温かさを滲ませる秋の季節にふさわしい童話です。
その世界をこの誌面で何回も紹介するのは、彼の長女が書いた廣介伝を見る限り、子どもとのふれあいに特有の「はにかみ」があり、そのはにかみは子どもに語りかける祖父母のやさしさに共感するように思えるからです。
「やわらかく からすをつつんでやってちょうだい」と雲に声をかけるお月様の気配りは、孫を見守るおばあちゃんの優しさにも通じます。
この詩を読むたびに、亡き母を思い出したりします。
秋は運動会です。
子どもたちの歓声が空を貫きます。
運動会の当日は、風爽やかに子どもたちを包んでくれることを祈ります。



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