春4月 ぽかぽかテクテク 入園・進級おめでとうございます

新たな元号が「令和」に決まりました。
英訳すると「Beautifl Harmony(美しき調和)」という意味だそうです。
明治・大正・昭和と波乱に満ちた時代を経て、平成は平和とバランスの31年間。
来るべき「令和」は、国際的にも日本国が成熟安定の時代を迎え、世界の文化・良識の羅針盤たる位置をめざしたいものですね。
「令和」の出展となったと云われる万葉集の歌の宴が開かれた時代は、貴族文化の薫も色濃く、感性豊かな時代だったようです。
「令和」という響きも「さぁー春ですよ」と時を告げる鶯のさえずりに似て、やわらかき「和」風の薫を思わせます。
そして平成最後の春4月、幼稚園の園庭も桜が満開です。
園舎のクリーニングも終わって、遊具もペンキを塗り替え、園児の動線も安全点検をチェックしました。
今年度は体育館の耐震工事が始まります。
夏のプールが終わってから保温カク的な工事に入り何かとご迷惑をかけしますが、子どもたちの保育に支障を来さないよう、この春は子どもの安全と環境整備等で視察研修等も重ねてきました。
竹組・松組に進級したお友だちを迎える準備も整いました。
そしてチューリップのような愛らしい花組さんの入園を迎える準備も整いました。

人間力が育つ土壌

3月31日。花見客で賑わう皇居の近くのホテルでの結婚披露宴に招かれました。
私たち夫婦以外は、新郎新婦の学生時代の友人を招いてのやわらかな薫漂う披露宴でした。
そこですてきな出会いがありました。
同じテーブルに健伸幼稚園の卒園生の三人が同席しました。
公立中学の国語教師・美容師・銀行員として活躍しているお嬢さん…
幼稚園時代の思い出話に花が咲いてとても幸せでした。
最近は、卒園生同士のカップルが誕生したり、大学や職場で出会ったりする機会が多くなってきたようです。
そのようなとき話題になるのは、幼稚園時代の楽しかった思い出だそうです。
式の合間の三人娘の思い出話
「健伸幼稚園時代は、なにもかも自分中心、わがままも言えて、すきなことも出来てよかったなぁ」
「先生に叱られて、一緒にあそんでもらって、今思うと自分らしさが発揮できた楽しかった思い出ばかり…」
「幼稚園の先生は、女の子にも虫捕り・穴掘り・木登り・ドロケイ…自分たちで広げられるあそびを教えてくれた」
「毎日があそびランドで、今でも頭の中には幼稚園のおもいでが詰まっている」
「家から持ってきた飴を裏庭の秘密基地でそっとなめて、また紙でくるんで…幼稚園時代は、隠れてあそべる場所と時間があちこちにあった」
「それって、もしかして子どものパワースポットかな?」
「そうだ。健伸幼稚園にはパワースポットがたくさんあったんだ」
その日、自宅に帰ってアルバムを開いていろいろ思いだした。
高い木に登って降りられなくなった3人の年長さん。
くっちゃん(草野先生)が「自分で登ったんだから、自分の力で降りろと云いながら、足の突っ張り方・枝のつかみ方を身体で覚えさせていた。
今はちょっと子どもに親切すぎるかな?
春になると、合格したり就職したり進級した卒園生が幼稚園に訪ねてくれます。
定年退職後も勤務してくれている只野誠志先生や青山三重子先生が、彼らを迎えたり卒園させた先生が抱きつくように応対してくれます。
そのような機会に語っていてくれる卒園生からのエピソードから学ぶことが多々あります。

(1)中学生になったK君
蜘蛛の巣にかかって藻掻いているチョウチョを黄色い大きな蜘蛛が狙っている。
「白い蝶が食べられちゃう」女の子の訴えに、先生が虫網を持ってかけつけて蝶を助けようとした。
虫博士といわれたK君「蜘蛛は何日もかけて獲物がかかるのをまっていたんだ。人間がやるのはかわいそう」と主張した。
結局、蝶は蜘蛛の餌食になった。ぼく(K君)の一言がみんなの心を傷つけたのでは?と今でも思い出したりしている。

(2)2月に関西に配属になったW君
中学までごろごろしていた。
中学二年の冬、ディケンズの短編を読んでから原書で読んでみたいとおもって英語塾に通った。
宇宙のことに興味が出て、学校の図書館に通った。
仕事も理科系…そういえば幼稚園の頃、土掘りばかりして、部屋の廊下でドロンコあそびをしたりして、先生を困らせた記憶がある。
やってはいけないところでやりたいことをやる。
その繰り返しにつきあってくれた先生たちにお礼を言いにきた。


小学校3年生になると応用力が重視されます。
国語では作文や詩や俳句、算数では昔流の鶴亀算・植木算等の課題が入ってきます。
考えること工夫すること身体に刷り込んだ幼い頃のドロンコあそびの経験が、3年生・4年生の頃に役に立つんでしょうね。
幼い時の木登りなどの遊びの知恵が、考える力の源になるのです。
平成から「令和」の時代になっても、健伸は「子どもはより子どもらしく」育ち、育てたいと思います。
幼児教育は「人間力の学習の一歩です。
人間力は子どもを真ん中に、ご家庭と幼稚園が共に支え合う熱い温かい信頼関係から育ちます。
私たちスタッフも心を合わせ一人ひとりの子どもを見守り、日々の研修に励みます。
温かきご支援のほどよろしくお願いします。


子どもの絵を見るポイント

週末の夕刻、船橋駅で2人の女子中学生に声をかけられた。
「けんしんのリジチョウ先生? こんにちは」

「こんばんわ 卒園生?」
もじもじしながら「電話のかけ方おしえてください」と云いながら、手のひらの30円をさしだす。
塾の帰り、2人のスマフォが充電切れ交番へいったら「公衆電話で電話しなさい」と30円貸してくれた。
やっと見つけた公衆電話が使えない。
つい最近、テレビで公衆電話に戸惑う若者のニュースを耳にしたばかり…

スーパーで自動払いに戸惑っている私と同じで可笑しかった。
時が流れていく中で対応していくことに、目に見えない世代に戸惑いがあるのでしょうね。
この日、その後船橋駅で卒園生のお父さんに偶然再会しました。
数年ぶりの出会いだったが、すぐ当時のことを思いだした。
「小学校5年になったある日、クラブチームのユニフォーム姿が似合う一人息子に瞬間『まぶしさ』を感じた」
「子どもだと思っていた息子の成長に戸惑う?その日から距離を置くようになった」と率直な悩みを3年前に語られたお父さんだった。
「その後、いかがですか?」
「都内の進学中学に進みサッカーしています。母親?幼稚園の頃とかわらない息子べったり…新婚夫婦みたいですよ」
「父と息子のライバル関係ってありますかね? 父親である私はわが家の子育てについてはいつも蚊帳の外。不器用なんですかね」
「清潔好きの妻がドロンコになって遊ぶ幼稚園に真綿にくるんで育てた長男を積極的に入園させた。素足になる経験がなかったわが子が、幼稚園でドロンコに腹ばいになって遊んでいる映像を見て私は戸惑った」「わたしも田舎でドロンコになって育ったにもかかわらず…ついていけない」
別れ際、私に向かって頭をさげながら「良い運をつかむ子を育てる」「子どもはより子どもらしく」「考える子を育てる」「ドロンコになって遊ぶ」という幼稚園の教えを、今でも妻は自筆で描いて子ども部屋に飾っています。
私も毎月、健伸のホームページ見ています。
勤務先でわが子の自慢話をしながら「幼児期に泥んこになって、頭と体と心が生き生きと輝いて遊んだ子どもは、9歳の頃にぶつかる高いハードルをクリアーできる」
書籍で学んだ内田伸子教授の言葉を掲げて、勤務先であそびの大切さを訓示しています。
名刺の交換もせず、お子さんの名前も伺わず、お別れすることになった。
もしかしたら教育関係の仕事に就れていらっしゃる方かもしれません。
もしホームページをご覧になられたら「お子さんも、いつの日かおとうさんと同じく自分のお子さんに『まぶしさ』を感じるときがあるでしょう」
父親って本来「シャイ」なんでしょうね。
あらためて幼児期のあそびの大切さと、乳幼児期における母親の役割と父親の役割について考えてみたいと思います。
「人間の赤ちゃんは、お母さんの胎内で脳が著しく大きく成長しすぎると産道を通れない。そのため1年ほど未熟で生まれる」とポルトマンが指摘するように、他のほ乳類は産後すぐ自分の足で立つが、人間は立つのに一年、言葉を発するのに一年以上もかかるので、自分で身を守り自分で食事や排便が出来ませんね。
ですから人間のあかちゃんは、母親の擁護期間が3年ぐらいが必要で育児休暇期間も3年制度が保障されるようになりました。
この時期の子どもにとっては、母親は絶対の守護神です。

 

子どもは幸せを○で表現します。
3歳・年少児が描く家族の絵。
画用紙に左から右へ大きな○と小さな○が描かれています。
4つ並んだ中央の二つの大きな○が、ぼくとママ。
右端がおねえちゃんの○。
そして右隅の小さな○は?「めがねをつけたパパだよ」パパの出番は5歳からです。
○はやさしさと安らぎをを求める3歳の世界の象徴です。
やなせたかしさんのアンパンマンは子どものシンボルです。
3歳児の絵に○があればそれは正常な発達ですね。
4歳になる子どもたちは、感覚で判断し行動ができます。
従って目で見た物も、心で感じた物も、手で触った物も、その瞬間の感覚や印象で心にイメージします。
したがって、子どもたちが手で触れた感覚・舌で味わった味覚・耳で聞いた聴覚・目で見た視覚…
感触をいったん脳に送りイメージして貯蔵するように配慮します。
5歳児は絵を描く時、描きたいものを手で触り、胸に抱き、目で観察し、肌で感じ取り、その情報を脳に送り脳裏にデッサンします。
そのイメージは子どもそれぞれ異なるはずです。
いったんイメージが出来ると、自分の目で見た物、感じたものを大胆な描線で一気に描きあげます。
ですから、この年齢はたくさんの経験を広げることが大切です。
「遠い近い」や「大きい小さい」理屈では無く感じたままに表現します。
五重塔を描いてもかっこよいと感じた一番上層の五層が大きく描かれたりします。
そこで時々、このように描いてみようと提案します。
例えば大好きな先生のデッサン、足から描いてみることを提案しました。
だいぶ戸惑ったようですが、どのように描いたかは?楽しみですね。
年長になると伸長期、背丈が伸びて頭でっかちの五頭身が足が伸びて七頭身になります。
描画活動でも天と地の水平線が描かれます。
左上を細く右手前を太く描いた坂道、手前を広く色濃く塗り遠くを薄くぬることで奥行きのある遠近を表現できます。
空に浮かぶ雲の大小や形…様々な角度からものごとを考えたりする柔軟性も出てきます。
水族館の魚群を見ている友だちを小さく描き、その姿を手前で描いている自分を大きく描く工夫もわかってきます。
こうした学習は
1.考える
2.イメージする
3.心で描く
4.いろいろ工夫する
という環境学習の場が必要です。
そのためには、答えはたくさん選択できる場が用意されてなくてはなりませんね。
そうした意味で描画表現でも、自分の一番大切な部分を強調することを大切にしています。
例えば跳び箱を跳ぶ子どもの手指の表現、自転車を描くときの足の位置等、自分の体験で得た感覚を表現する力が身についてくると、そのポイントが自然に表現されてきます。
この時期は時間の感覚がわかるように、想像力も創造力も広がっていきます。
言葉が大人以上のスピードで獲得しているだけに、嘘と本当の区別ができる能力がさらに豊に表現された子どもらしい絵が描かれていきます。
どうぞ、世界に一つしか無い子どもの世界。
一本の描線にも語りかけてくる子どもの心が表現されています。
お子さんの絵に語りがけて下さい。


子どもと共にある幸せ

年の瀬の12月。
私ども大人の世界は、どこかせわしく現実的な思いに追われがちですが、子どもたちにとっては、12月は空から夢が降ってくる夢見る季節です。
「おねがい おねがい おほしさま・・・わたしのおねがい きいてよね」
「お願いことは ひとつだよ。さぁ なにかな? いってごらん・・」
「プレゼントは サンタさんにおねがいしたから・・
おほしさまへの おねがいは かあさんの びょうき なおしてね」
子どもと共にある生活って幸せですね。
私たち夫婦は4人の子どもに恵まれ、何かと大変でした。
今は良い思い出ばかりです。
また、子どもに囲まれている時期は、あれもこれも 気になり、思うように子育てできないことに心を痛めた時期もありましたが、今ではあの頃が1番幸せでした。
子育てを大変と思わずに「子どもがもって生まれ育つ力」を上手に見守り援助して育てることが「子育」の秘訣と開き直ってから子どもも親もゆとりができました。
放任はいけませんが、自分が自分を律して育てる「自律」はたいせつですね。
2021年に健伸学院も創立50周年を迎えます。
これから5年間は世の中は大きく変わるでしょうね。
オリンピックの開催を含めて、「AIと人間力」のより厳しい競合が予想されます。
それだけに子どもに科学する力を育てることが問われます。
同時に人間って何なのかを認知することが大切です。
「宇宙に馳せる未来への夢」の基礎を学習するために「3万年昔の古代人の生活」をあそびを通して体験することが大切です。
その事始め、創立当初からの記録をまとめた「子どもの四季」を発刊することが出来ました。
創立以来綴ってきた「おたより」を朝日新聞の中村謙さんと青山三重子さんがまとめて下さり法人企画室の初仕事で出版することが出来ました。
今年度、森での体験学習が記録として発表しグッドデザイン賞を与えられました。
田植えや生物とのふれあいを通して科学する保育を深めていきたいと考えています。
それにしても慌ただしい一年でしたね。
一年間を振り返ると、一言「災害的な酷暑」熱かった夏でした。
幼稚園のプールも「おふろみたい」と子どもたちが云うほどでした。
北関東の熊谷では41.1度を超す記録的な熱暑が続きました。
「迷走台風」「でもどり台風」「塩害」が流行語になるほど、台風の当たり年でした。
日本列島上陸後、台風がぐるっと回り道して、北から下って再上陸。
各地に多大な被害をもたらしましたね。
園庭の木々や建物、窓ガラスも塩漬け、秋になっても熱暑が続いて、秋の紅葉の季節に新芽を開き、桜の花の狂い咲きが見られた異常気象でしたね。
「スーパーボランティア」尾畠春男さんの活躍もあり、度重なる各地の災害で数多くのボランティアの方々が活躍された年でした。
88歳の高齢でもヒマラヤに挑戦する三浦さんと共に高齢者が活躍した年でした。
中国の躍進、ヨーロッパ圏の混迷、トランプ大統領の誕生、アメリカ第一主義、ポピュリズムの台頭、北朝鮮の核問題と日本を取り巻く地球規模に混乱がありました。
にもかかわらず、日本はスポーツ報道が紙面のトップを飾るような太平ムードの傾向。

チコちゃんに「ぼーっと生きてんじゃねーよ」と叱られるような事件があい続きました。
昨年の流行語「忖度」が象徴する平和ボケ現象ですかね。
「悪質タックル」「奈良判定」「首相案件」「収容所からの脱走」
ぼやっと生きている社会ならではの無関心さの世相が産んだ現象ですかね。
冬季オリンピックの活躍を象徴した「そだーね」は、北海道の北見町が産んだ身近な選手たちの活躍への好感度だったですね。
「Mee Too」は連鎖反応。
「セクハラ・パワハラ」は「AIと人間性」の在り方が問われるように、世の中の価値観という時計の針が変わっていくことを身近に感じられた一年でした。

来る2019年は、新しい元号の年です。
まず事始めに「運」を引き寄せるために、背筋を伸ばし「気」を張りましょう。
「幸運」は人それぞれ価値観。
人それぞれ、大きさ、重さ、形の違いがあって、
良い運をつかむか否かは、その人の意欲と努力とタイミングですね。
「運」は、誰にでも平等にチャンスのロープが降りてくる。
「良い運」をつかめるか否かは、その時のその人の体調と意欲しだい
何よりその時のその瞬間の「直観力と決断」ですね。
直感力と判断力は幼児期の「ドロンコ・原っぱあそび」が原点です。
2019年はさらに良い運を自力でつかみましょう。
そのためにも、大人が両親が幸せで心が弾む日々を送ることです。
大人が弾めば、子どもたちの心も弾み、子どもは幸せに輝きます。
子どもたちが幸せであれば、私たち大人も幸せになります。
まず事始め 2019年1月元旦の朝、
石川啄木のように、暮れに心重い日々を過ごしていても

なんとなく今年はいいことありそうな
元旦の朝、晴れて風なし

あらためて元旦の朝、小高いところに立って、初日の出を拝みましょう。

東の空を見上げ 日の出を待つ
やがて空が明るくなり 雲間から光が漏れ
あたりを赤く染めて まっ赤な太陽がぶるぶると
あたりを震わせて のぼっていく
輝く光を顔一面、身体全体に浴びて 大きく深呼吸する

家族そろって食卓を囲み、お雑煮で祝い、お父さんからお年玉をいただく。
お母さんからも名前が書かれたお年玉袋をいただく。
お年玉はたとえお50円だまでも たくさんの方からいただくと うれしい。
お年玉をあげると何か良いことをした気がする。
そこに「運」が生まれる。
良いお正月をお迎え下さい。
子どもの世界をどのように受け止め、その夢を膨らませてあげるか、いつの時代にあっても私たち教師の大切な課題です。
あらためてスタッフに感謝します。
同時に12月に自己評価、第三者評価を実施しました。
保育者として言葉かけ、子どもの受け止め方、マナー・服装・後ろ姿を反省する記録もありました。
なにかと、いたらぬこと多々あったことをお詫び申し上げます。
新しい年に向けて、努力します。
末筆になりますが、母の会始めご家庭の温かいご協力激励に感謝申し上げます。
ご家族そろって良い年をお迎え下さい。



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