庶民の日曜日はサザエさん

陽が沈むと同時に暗い帳がおり、道路の片隅からも虫の鳴き声が聞こえてきます。
虫の音、台所から漂う夕食のお料理の香りが秋の哀愁を奏でてくれます。
18時30分「お魚くえたどら猫をおいかけて…ようきな サザエさん」
幼い時から口ずさんできたさざえさんのテーマーソング歌声が聞こえてきます。
「あぁ 日曜日がもおしまいだなぁ。また月曜日からはじまるかぁ」と心が重くなりませんか。
子どももお父さんも、おじいちゃんもお母さんも、おばあちゃんも、いつかどこかで感じたことがある…
この季節ならではのほのかな哀愁ですね。
日曜日は何ごとにも拘束されない平和で自由な日。
その日曜日の解放感とさざえさん一家ののどかな風景がどこか共通するのでしょうね。
久しぶりに昔の仲間が集まりました。
「サザエさん」がフジテレビで放映された昭和44年の頃の友だちです。
まだ日本中がオリンピック景気で輝き、働くほどに生活が豊かになる実感を噛みしめて働いた記憶があります。
「あの頃は、駅前の商店街もにぎやかだった」
「買い物をするのにも言葉のやり取りがあったね」
「このアジ塩焼きにしたいの」
ねじり鉢巻きの魚屋さん「あいよ」と答えて調理した。
「今ではスーパーでの買い物は無言でレジを通り支払ができちゃうのよ」
「さざえさんの漫画に出てくる三河屋さんの御用聞き、牛乳配達、色々お店の配達がにぎやかだったね。この頃は人手不足でお店の配達がない」 
「中学の時、新聞配達・牛乳配達・納豆売りもやった覚えがある」
「今では配達どころかネット通販だもの。香も色もないわね」
「昔は季節に色と臭いがあった。特に秋は空気も澄み、色も香も格別だった」
「そういえば路地裏に響く『とぅーふー』のラッパ音はなつかしかったね」
「垣根越しに漂うサンマの香りと煙も秋の風景だった」
「隣近所の生活の息遣いを感じることが出来たわね」
「秋の日曜日は町内の子ども会そして神社のお祭り…」
「笛・太鼓・夜店…秋は町内ごとに神輿が繰り出されたね」
「祭りは子どもも一人前にあてにされて、学校を早引きできた。あれはよかったね」
「高齢化で神輿も担ぎ手がいなくなる」
「祭りのスポンサーだった商店街はシャッターを降ろし、街の街灯まで消えてさびしくなったね…」
秋はおしゃべりの季節、縁台将棋のように隠居談義も閉じる気配もしなかった。
核家族になり板塀に囲まれて路地裏文化が消えて高層マンションの厚い壁におおわれ地域のコミュニケーションが希薄になりました。
周り近所の生活の香りも音も気配も薄くなれば、昔はあたり前であった親切・友情・思いやり…
形では見えない温かさ安らぎ解放感が消えていきます。
でも昔はよかったと愚痴を言いながら、日曜日は朝からテレビの前に座り込んでボタンを押し続ける生活を堪能しています。
お金でも買えない大切なものとはなにか?
経済効果とはなにか?幸せ感とはなにか?
そして子どもにとって幸せとはなにか?
利便性を追求した合理的な生活文化が、街から香り・色彩・生活の気配・佇みを消し去ってしまいました。
子ども不在の制度の押し付けの中では、子どもの安らぎは期待できませんね。
子どもが真に求めているのは、お金で買えない「家庭のやさしさと温かさ」です。
いつの時代でも子どもにとって幸せに感じるのは「愛されているという実感です」
今月も広田廣介の「お月様と雲」を掲載しました。

「お月さまと雲」
からすは杉の木に ねどこをつくってすんでいました。
秋もふかくなり からすはだんだんさむくなってきました。
風が夜中にふきだしました。
からすはさむくて目がさめました。
「やあ まるみえになっている」
高い空から見おろして、お月さまが言いました。
「かわいそうに なにか うまい くふうはないか」
夜の雲がふんわりうかんでいました。
雲はながれて だんだんにお月さまのそばにきました。
「雲さん 雲さん そら あの森の木のえだに からすが みえませんか」
森のはずれのすぎのきに、カラスがしょんぼりとかがんでいるのがみえました。
「あれではきっとかぜをひく」
「あなたはちょうど わたみたい」
「どうでしょうか すこしばかりちぎってとって からすのからだに かけてやってくださいませんか」
「わかりました」
「わたしのからだぜんたいに つつんであげよう」
からすはそのばんもう一どねて、あおいごてんにすんでいる白いからすのすてきなゆめをみました。

秋は心の温かさが弾む季節。
サザエさんの三世代が囲む食卓に代表される昔ながらの笑顔が弾む夕餉とリンクするのでしょう。
磯野家は平和な庶民の日曜日の象徴です。
廣介童話は素朴な温かさを滲ませる秋の季節にふさわしい童話です。
その世界をこの誌面で何回も紹介するのは、彼の長女が書いた廣介伝を見る限り、子どもとのふれあいに特有の「はにかみ」があり、そのはにかみは子どもに語りかける祖父母のやさしさに共感するように思えるからです。
「やわらかく からすをつつんでやってちょうだい」と雲に声をかけるお月様の気配りは、孫を見守るおばあちゃんの優しさにも通じます。
この詩を読むたびに、亡き母を思い出したりします。
秋は運動会です。
子どもたちの歓声が空を貫きます。
運動会の当日は、風爽やかに子どもたちを包んでくれることを祈ります。


ひろすけ童話の世界

海の日の連休、山形県の研究会の帰路、ローカル線の車窓に広がる蔵王連山のみどりのパノラマに魅せられて高畠駅で下車しました。
まほろばの里・童話のふる里・高畠駅の構内に赤鬼の立て札がありました。

ココロノ ヤサシイ オニノ ウチデス。
ドナタデモ オイデ クダサイ
オイシイ オカシガ ゴザイマス。
オチャモ ワカシテ ゴザイマス。

高畠は「泣いた赤鬼」の著者、浜田廣介のふるさとです。
数年ぶりに浜田廣介記念館を訪ねました。
サクランボ・ラフランス・葡萄・モモ・果物の生産農家畑に囲まれた記念館の童話ルームで「ないた龍」「ある島のキツネ」「むくどりの夢」…
廣介童話の世界が広がっていました。
7年前になりますが、広介童話の夢を継承した雪が軒先まで積もる「むくどり幼稚園」に絵の指導に2年間ほど伺っていたことがあります。
残念ながら「こども園」に移行して幼稚園は廃園になりましたが、童話館に当時のスタッフがいて、廣介の「優しさ」を語り旧交も温めることができました。

「お月様と雲」

カラスは、杉の木に、ねどこをつくってすんでいました。秋もだんだんしまいにちかくなりました。
からすは、だんだんさむくなってきました。ふとんをかけてねなくては、ねむられそうもありません。
からすは、枯れ葉をあつめました。ねどこにはこんで、ねるときに、かれ葉をからだにかけました。
うすいけれども、きの葉のふとん。
風が夜中にふきだしました。からすはさむくて目がさめました。
「やあ、まるみえになっている。」
高い空から見おろして、お月さまがいいました。
「かわいそうに、なにかうまいくふうはないか。」
夜の雲が、ふんわりうかんでいました。雲はながれてだんだんにお月さまのそばにきました。
「雲さん、雲さん、そら、あの森の木のえだに、からすがいましょう。みえませんか。」
雲はちらりと目をむけました。森のはずれのすぎのきに、
カラスが一羽しょんぼりと かがんでいるのがみえました。
「ええ,はっきりとみえますよ。くろいはだが、あれではきっとかぜをひく。」
「あなたはちょうど わたみたい。どうでしょうか。すこしばかりちぎってとって、
鳥のからだにかけて やって くださいませんか。」
「わかりました。」雲はさっそくひきうけました。
だんだんひくく すぎの木に近づきました。
「わたしのからだぜんたいにつつんであげよう。」
そういって、雲は ふわりと えだのところに とまりました。
からすは、そのばん、もう一ど、ねて、
あおいごてんにすんでいる白いからすのゆめをみました。

(ひろすけ童話通信 第20号)

廣介童話の特徴は、語りが具体的な映像になって読む者の心におはなしの世界がひろがっていきます。
廣介の童話の特性は、ゆったりと語りかけてくるゆったりとした世界です。
それは絵筆をもってキャンパスに描くあの描線の世界でもあります。

「小さな島のきつね」

小さな島が、ありました。まっかなツバキが咲いていました。
うららかな日にてらされて、花は、みな、ふくれていました。
いま、さき出そうとしているつぼみもありました。
青黒い葉は、つやつやと光っていました。
そして、青い海の 上には、いくつかの帆が、銀のようにかがやいて、
うごくともなくうごいていました。

廣介記念館には「ある島のキツネ」を立体動画で楽しめるマジックスクリーンでは下記のようなキツネとおばあさんの舞台が展開します。

のどかな島のお寺に目が見えない耳が遠いおばあさんが、おじいさんの命日の供養にやってくる。
あいにく和尚さんは留守。
おばあちゃんはいつものように仏壇の前に座ってお布施をだして「おしょうさま、どうぞこれでおきょうをあげてくださいまし」
キツネは断りようにも言葉が通じない。
キツネはすまないと思いながらおばあさんを仏間に案内して、袈裟と衣をからだにかけて心をこめて見よう見まねでお経をあげました。

あらためて立体動画で見て「もしかすると、おばあちゃんは何もかもお見通しだったんではないか?」と感じました。

廣介の長女・留美が描く廣介伝を読むと、廣介の生まれ育っていく境遇はかなり複雑。
しかし、いつも彼の周辺には彼の文芸才覚を大切にする叔母や校長や友人が居て廣介を支えた。
この信頼関係とする強い絆が、廣介童話を貫く「友を信じるやさしさ」「信じることを貫く輝き」なのかもしれません。

私も年齢を重ねるごとに心が狭くなる気がしたりします。
その一方で、幼い子どもは輝いて見え、どの子もどの子も受け入れられるようになります。
キツネがなせる諸行を受け入れるおばあちゃんは、年齢の功ですかね?
キツネが、和尚の役を演じている様を肌で感じているのかもしれません。

「泣いた赤鬼」で描く友を信じる廣介の世界観は、他人と心を共有できる心の深さかもしれません。
老いて身体が動かなくなるぶんだけ心を広くして、時として見えないふりをする・聞こえないふりをする・気がつかないふりをすることも必要なのかもしれませんね。

廣介動画が描く「泣いた赤鬼」の世界は幼児教育の基本です。
「友だちと上手にコミュニケーションをとる」
「自分の気持ちを上手にコントロールして友だちと関わる」
「時として自分の気持ちや行動を上手にセーブする」
そして「日常の生活での基本的なルールが身に付いている」
この課題は、私たち大人にとっても大きな課題ですね。

厳しい熱暑が続きます。無事に一学期も終了しました。
ご家庭のご理解を頂き、お子さんを無事お戻しすることが出来ました。
この休暇期間、スタッフは研修や準備出勤で勤務していますが、貴重な休暇期間は二学期に向けて充実した時間として過ごせるよう努めます。
二学期に元気でお会いできるようお子さんをよろしくお願いします。


さまざまな体験「直観力を育てる」

子どもは、コンクリートの塀にカタツムリがいるのも知っています。
何故コンクリートにカタツムリがいるかは、小学校の時間で習います。
コンクリートにカタツムリが必要な養分があるのでしょうね。
この時期、お日様が沈む方向の空が暗くなって黒い雲が流れて暗くなると、雨が降ったり雷がなることも年長になるとわかります。
梅の実が赤く熟する頃になると、雨の日が続くことを小さい頃、祖母に教えられました。
長雨の降るこの時期を「梅雨」と書くと気づいたのは、高校の国語の時間でした。
教えられたものはすぐ忘れてしまい身につかないものですが、自分で気づいたことは体に染み込んでいろいろと役に立ちます。
したがって、何もかも初体験で不思議なことが多い幼児期には、その理由や仕組みまで教える必要はなく、その「ふしぎさ」をたくさん体験する機会をつくってあげると良いですね。
台風の翌朝、出勤前のパパと近くの公園に散策しました。
木が倒れたり、枝が折れて璃鳥の巣が落ちていたりする…
池に落ちた棒を拾う。
「あれ、さっき棒が折れて曲がってたのに…まっすぐ…どうして?」
ここで「光の屈折といって…」という理科の授業の必要はありません。
「いいことを発見したね」と受け止めてあげるといいですね。
やがて理科の時間で学んだ時「幼稚園の頃、あの公園で見た曲がった棒は…ああそうだったんだ」と気付くことでしょう。
幼児期は「あの池には、不思議な妖精が住んでいて…」と、子どもらしい自由な発想を膨らませることも大切ですね。
時と場合によりますが、その子どもの奇抜な発想に興味をもって耳を傾けてくださるといいですね。
また、子どもが考えたことに耳を傾け、間違っていれば気付かせてあげて、本当はどうなのかを一緒に探っていくことで考える習慣や調べる力を育てていくことも大切です。
強いものが生き残り、弱いものが淘汰される。
この弱肉強食の社会が自然界の摂理です。
しかし人間は考える力を磨き、知恵として道具を作り、道具の使い方を極める術を磨き、自然界の摂理を超えて、生き残る術を極めました。
病気になれば医術で克服し、病にならないように病原菌と戦い身を保全する術も磨いていて生きています。
しかし、これだけ科学の力に依存する生き方を追求すると、 ナビの普及で方向音痴になりかねないように、人間が虚弱になり自然と共生する適応力・抵抗力・生きる力が衰えていきます。
森林開発が進めば森の樹木は生き残るために、より強い花粉を遠くへ飛ばす。
化学が医学が進歩するほど、いろんな病原菌があふれいます。
地球の歴史が地中深く埋没させた過去の資源や廃物を、地中深く掘り上げて資源として消費して、この汚染された地球環境をさらに汚染させる過ちを繰り返してはなりませんね。

年長児のお泊まり会

いよいよ年長組さん、楽しみにしていた大房岬のお泊まり会ですね。
楽しみだけど、ちょっぴり不安かな?
3年間一緒に育った仲間と一緒の部屋で同じ布団で、一晩語り合えるんだ。
海も山もバスの中もキャンプファイアーも楽しいことばかりさ。
おねしょがシンパイ?
大丈夫、先生が上手に見守っているから心配なし。
「他人に迷惑をかけない・自分のことは自分でする・時間を守る」
このルールさえ守れば、楽しいことばかりだから心配することないよ。
大房岬は魚とびわとスイカがおいしい東京湾に突き出した海に囲まれた公園内の施設です。
隣が立派なリゾートホテル、周囲は県立公園の野外施設、坂を下っていくと館山湾に面した白い砂浜のビーチで岩あそびができます。
去年のひばり組さんは、浜辺で波遊びをしたり、岩場でカニや小魚や貝をとったりしました。
岩にたまった海水で温泉あそびでゆったりしました。
泊まるところは貸し切りでゆったり過ごせます。
ここは小高い丘の上にある災害時の緊急避難場所に指定されているので安心です。
宿舎から500mの広場でキャンプファイアーをします。
満天の星空が空いっぱいに広がり、キャンプファイアーの火の粉が美しい幻想の世界です。
先生たちの名物「ファイアーショー」は一生の思い出に残るでしょう。
展望台からみる対岸の三浦半島の夜景も美しく、打ち上げ花火大会を見えるかもしれません。
翌日は天気が良ければ鋸山にチャレンジします。
コースが色々選択できるので、当日のコンディション状況で判断します。
頂上から見る絶景は一生の多い出に残るでしょう。    
観光バスがシートベルトの関係で大人と同一料金になったりして、ご負担をおかけすることになりそうですが、なるべく簡素にしてしかも安全で充実した思い出のページになるように努めたいと思います。
ご理解ご協力のほどお願い申し上げます。



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