天を貫いて生きる

「さぁー春ですよ」
幼稚園もピカピカに磨かれて、ポカポカテクテク手拍子で進級した年長さん、年中さん、そして新入園児の年少さんを迎える準備が整いました。
「よろしくおねがいします」
今年の春は、あわてんぼう坊さんで駆け足でやってきましたね。
梅と桜・チューリップ・つばき・菜の花…
花のダンスも重なってにぎやかですね。
年長さんの「みどりの棟」の2階からは、真っ白な梨の花が絨毯のように広がっています。
年中さんのお友だちを迎える「みずの棟」も明るくピカピカになりました。
そして3歳児・年少さん「ご入園おめでとうございます」
可愛いタンポポ・スミレ・レンゲ・つくしのグループ…
色とりどりの年少さんを迎えて、幼稚園はしばらく春爛漫に賑わいます。
今年の春は寒かったり暑かったりしているうちに、葉桜になってしまいました。
自然界も忙しそうですね。
自然界の春の舞が強すぎると、人間は花粉症に悩まされたりして自然への適応力がよわったりします。
私たちがカーナビに依存するあまり、運転感覚が鈍くなっていくのと同じで、地球の環境も季節感が鈍っているのかもしれませんね。
子どもたちも人間としての本能的な直観力を失うと、自然と共生する適応力・抵抗力が育たないことが心配されます。
動物などの生態にも異変が起こっています。
心なしか雀の姿を見かけなくなりました。
例年訪れてくれる軒下のつばめの巣も見かけなくなりました。
カタツムリもトンボも見かけませんね。
幼稚園のビオトープにアメンボが訪れて喜んだのは数年前のこと…
ヤゴは?モンシロチョウは?バッタは?ザリガニは…?
子どもは風を切り、原っぱを走り、小川で戯れ、木に登り、泥んこになってあそぶことで、命の営みの術を身につけます。
整備された公園より原っぱが良い、校庭も園庭もどろんこの方がずっと良い。
子どもは水と泥と木であそぶ。
江戸も明治も昭和・平成の時代になっても変わらない子どもの学習方法ですね。
「さぁー、子どもたちを泥んこにして、人間としての直観力を育てましょう」
 
この春、研修期間を頂いてドイツのフィッセンにある「AWO幼稚園型保育所」、環境整備都市として名高いフライブルグの「森の幼稚園」、そして健伸の教育の支柱にもなっている南フランス・バンスの「フレネの学校」をツアーバスで視察してきました。
船橋市ではデンマークのオーデンセ(アンデルセンの童話で名高い)と姉妹都市を結ぶにあたって、海外の幼稚園間の交流を深めてきました。
健伸では教職員の海外交流に積極的に取り組み、最近では4回の海外研修を重ねてきました。
乳幼児保育所や学童保育のシステム等の実態視察や研修を重ねて、学童保育や未満児保育の導入に努めてきています。
今回の研修は卒園生を対象にした学童保育や「健伸の森」での自然教育の充実を図るための研修視察でもありました。
研修会のスタッフは、教員養成校教授や幼稚園・保育所の園長等、管理職を中心にチャーターバスでの強行スケジュールで、今年の春のように慌ただしい研修でした。
研修内容については報告書にまとめています。
この誌面では「天をつらぬく」という視点で急ぎ旅の様子を報告させて頂きます。

3月25日正午、羽田発フライト時間11時間半。

時差8時間、ドイツのミュンヘン到着。
その日からサマータイム。時計の針を7時間早める。
ミュンヘン空港からチャーターバスで約4時間、フィッセンのホテルに着いたのが夜中の11時30分。
小雨の翌朝、現地時間5時起床。
6時に残雪で化粧された山の裾野の古都を散策。
イースター休暇で賑わう商店街は早朝からオープン、ドイツ経済のたくましさに触れた思いがしました。
午後の幼稚園視察前に、ディズニーランドのシンデレラ城のモデルになったノイシュバンシュタイン城の見学。
残雪が残る山道を40分、息を切らしながら登る。
険しい崖に貼り付けたように聳える芸術的な巨城でした。
本来、城とは戦いに備える要塞か、信長や秀吉のように政治的な権威を知らしめる為であるが、ルートヴィッヒ2世は作曲家ワグナーを招き、特有の美学で建築。
オペラ的発想で築城したそうです。
完成後、まもなく投身自殺…謎の人生の幕を閉じる。
城を築く人、それは「卓越した武人か?それとも類い希な奇人か?」に区分されるが、シュタイン城は富と権威を与えられた天才・奇人であるルートヴィッチ男爵が、天に向かってキャンパスを広げて描いたロマン絵画かもしれません。
今回の研修の計画にあたり、私なりのロマンがありました。
ドイツのフライブルグは大火事に見舞われ、廃墟になった歴史を背負った古都です。
火災のたびに街を囲むように植林をして、自動車規制をして排気ガスから街を守る環境整備都市としても有名です。
また落葉樹の森で、子どもたちが一年間生活をする「森の幼稚園」としても有名です。
森の子どもたちは生き生きと輝いていました。
フライブルグの大聖堂の尖塔は永遠の命の象徴として天を貫いて輝きます。
そして南フランスのバンスの丘陵に聳え立つ「フレネの学校」も、子どもの感性が歓声が天を貫く創立者フレネの「子どもと共にある生活の綴り」です。
フレネ学校は今回で4回目の訪問です。
学校経営の危機に何度も遭遇して、世界中からの基金で頑張ってきた「フレネの教育」を残すために「国立学校」に変わって以来、初めての訪問でした。
創設者セバスチャンフレネの教育を受けたカルメン先生には会えませんでしたが、非常勤講師として健在とのこと。
その実践指導法は今も踏襲されていました。
イースターの休日の水曜日に訪問できた関係で、じっくりと指導法について学べるチャンスを得ることが出来ました。
今回の研修で学んだことは、フレネ学校創立の時、フレネが直接植樹した樫の木が「パパフレネ」と呼ばれ、子どもたちのあそびランドになって天を貫いて枝を広げているように、健伸の子どもたちも土と太陽と緑と水に親しみ子どもらしく貫いて生きる大切さを再確認しました。
「子どもは、より子どもらしく」とは、しっかりと根を張り、まっすぐ背筋を伸ばし、手を大きく広げ、天に向かって正しいことを貫いて生きる子ども、虫や植物や動物と共に生きる優しさを共有できる子どもを育てるべく努めます。
各ご家庭にありましても本年もよろしくお願い申しあげます。


オリンピックの感動「達成感を共有する」

平昌冬期オリンピックが華やかに幕を閉じました。
日本の若手の選手たちの活躍もあって、時間的にも時差がなく楽しく観戦できました。
それぞれの競技種目が、短時間でスピードを競う競技が多かっただけに、その迫力に選手と一体になってわくわく感を味わうことが出来ました。
銅メダルに輝いた北海道の北見市で育成された無名に近いカーリングの選手たちが、銅メダルを獲得しました。
その素朴な笑顔と「そだねー」と交わされるチームワークが、世界的に評価されました。
明日からは地方都市の職場でいつものように笑顔で仕事をするのでしょうね。
日韓の外交関係の歪みが心配される中で、小平選手と韓国選手のライバル同士のリング上での友情がほほえましく報道されました。
開会式・閉会式も演出的にも内容的にも立派で感動的でした。
次回はパンダの国、中国での開催です。
そして東京オリンピックも2年後に迫りました。
躍進する東洋の力を世界にアッピール出来る絶好の機会ですね。
それにしても、期待以上に日本の選手は活躍しました。
羽生選手やスキーの渡部選手のように怪我を抱えながらがんばった姿に心を揺すぶられましたね。
そして、若い世代の活躍に明日への羽ばたきを感じました。
閉会式の当日、東京マラソン。
華やかな舞台で日本新記録に輝いたホンダ所属の設楽悠太選手に陸上競技連盟から1億円の報酬が贈呈されました。
マラソンは日本期待の競技だけに、その期待を込めての報償でしょうが、銅メダルに輝いた北見市のカーリングチームには全農協からお米百俵が送られるそうです。
このギャップに微笑ましくも、考えさせられる課題でもあります。
雪と氷の環境が必要な冬期オリンピック競技は、無いきわめて地味なスポーツです。
メダルに輝いた選手たちも、野球やサッカーのプロ選手のような報酬制度は無く、小平選手のように地方の病院勤務というような状況の中で、練習に励んでいるようですね。
日本オリンピック委員会より、リオ大会から報償額を増額された金メダル500万・銀メダル200万・銅メダル100万を送られるそうです。
スポーツと報奨金、そして薬と国益…考えさせられる課題はありますね。
この冬期オリンピックで観戦した各競技はどれも面白かったですね。
日本選手の活躍、若者と女性の活躍が目立ちました。
オリンピックで魅惑された子どもたちが、きっと興味を持ったことでしょう。
しかし、残念なことに雪が降り氷が張る地方のスポーツだけに、都会の子どもたちがふれあえる本格的な施設が不足します。
北陸地方を麻痺させたあのドカ雪をどうにか出来ませんかね。
今回のオリンピック、様々な話題が生まれましたね。
3人が一体となって競うスケートの団体追い抜き競技を制覇した日本チームの心技一体の技のチームワーク、そして高木姉妹の活躍。
スキーとスノボを制覇したレデッカの偉業。
怪我や障害を克服して連覇した羽生選手の完璧な演技…
競技種目も多彩で様々な工夫があり、若い無名の選手の台頭が見られました。
スマホ片手に背を丸めて街ゆく姿に、仕方が無く日々を過ごす若者をイメージさせられます。
「そのうちどうにかなるだろうという」世相の中で、このオリンピックが契機で果敢にチャレンジする若者が出てくると良いですね。
オリンピックをテレビで観戦した幼稚園の子どもたちはどのように感じたのでしょうか。
アイスホッケーやカーリングゲームがはやるかもしれません。
「立て、走れ、健伸の子よ!」世界へ、宇宙に向けて羽ばたく子どもたち。
仕方がないと諦めないで勇気を奮い起こし、失敗してもくじけず継続することで、メダルを獲得した「達成感を味わう喜び」を学んでくれると良いですね。
そんな思いを込めて今月も、私の愛読する齋藤隆介の「半日村」のお話をお届けします。

半日村(要約)

「その村は、えらくさむい村なんだ。うしろに、たかい 山があるからさ」
「朝、お日様が東から出たって、山がたかくて、かおをだせないんだ」
この半日村に一平という少年が住んでいました。
あるばん、一平のとうちゃんとかあちゃんが
「あぁあぁ…あの山さえなかったらのう」
「だめさ、山は山さ、うごかせやしねぇ。わるい村に生まれたとおもって、あきらめるよりしかたがねぇさ」
青白い顔して嘆いているのを聞いた一平は、翌朝一人で袋をかついで山に登り、てっぺんの土をほって袋につめて、ひたひたと冷たい風が吹く湖に土をうめ、また山に登り土を運ぶ毎日でした。
「うん おらはあの山を湖にうめてちまおうとおもってるんだ」
一平の黙々と働く姿は、子どもたちの心を動かし、嘲笑していた大人たちも「モッコは、このように担ぐんだ」と助言し道具を貸してくれました。
ひまをみては、大人たちも手伝うようになります。
作業が進むにつれて村中の人たちが参加し、山が半分になると喜びと活気が出て、村中の人の心がひとつになり作業が進みます。
一平が大人になったある朝、鶏の泣き声ともに朝日がパッと村一面を照らした。
湖を埋めた田の稲は輝き、鳥は歌い花が咲き、半日村は豊かな「一日村」になった。
村の人たちは、朝日に向かって万歳万歳と喜びました。

齋藤隆介の「半日村」は、テンポの速い世の中で私たちが忘れかけているたくさんのことを示唆してくれます。
生活の全てを「AI」に依存する社会。
行動しなくてもコンピューターが処理してくれる社会。
もしかしたら汗水流さずとも手も足を動かさなくても「あの山がなければしあわせになれるのになぁ」とつぶやけばコンピューターが作動して、山は瞬くうちに削られ湖は埋め立てられ田畑となり、半日村は豊かな町に生まれ変わる時代も間近いかもしれませんね。
でも、それで良いのでしょうか?
そんな便利すぎる社会が実現しても、幸せになれるのでしょうか?
心が満たされるのでしょうか?
「そのうちどうにかなるさ」とコンピューターに全てを依存して、傍観して生きていては人間として決して幸せにはなれないでしょうね。
「一平の心」を支えたのは強い意欲と実践力だったのでしょう。
汗水流す体験を重ねることで「達成感」を味わうことってとても大切ですね。
冬期オリンピックから多くのことを学びましたね。
年長さん、残り少ない幼稚園での生活、いっぱいいっぱい楽しんで下さい。


目に見えないものを心で感じる

先日の会合後、ホテルのロビーで卒園生のお父さんと話す機会があった。
小学校4年生になった男の子がクラブサッカーで活躍する一方、受験を目指して塾に通い、友人とのコミュニケーションに悩むわが子とある程度の距離を置きながら見守る父親の話を聴くことが出来ました。
「母親はそうした息子に自然体で、幼稚園の頃のように激励したり、相談に乗ったりしている」
「父親である私は蚊帳の外で無口。子育てについては目に見えない部分についても不器用なんですかね」
「結婚当時から清潔好きの妻が、ドロンコになって遊ぶ幼稚園に真綿にくるんで育てている長男を積極的に入園させることにも戸惑いを感じた」
「その時もそれまでしても…と思ったが妻と息子に任せた」
「素足になる経験がなかったわが子が、幼稚園のドロンコ広場で腹ばいになって遊んでいる笑顔の写真を見ても、当時の私は戸惑った」
「良い運をつかむ子を育てる」「子どもはより子どもらしく」「考える子を育てる」「ドロンコになって遊ぶ」という幼稚園の教えを、今でも妻は自筆で描いて子ども部屋に飾っている。
最近になって長男が4歳の時に幼稚園で、銀砂をまぶして10日もかけて固めたドロ団子を入れた箱を見つけた。
このドロ団子の経験は「きっとこれからの彼の生きている力の真珠になると信じて見守っている」というお父さんの言葉を嬉しくうけとめました。
「幼児期に泥んこになって、頭と体と心が生き生きと輝いて遊んだ子どもは、9歳の頃にぶつかる高いハードルをクリアーできる」

内田伸子お茶の水女子大教授

あらためて幼児期のあそびの大切さと乳幼児期における母親の役割について考えてみたいと思います。
「人間の赤ちゃんは、お母さんの胎内で脳が著しく大きく成長しすぎて産道を通れない。そのため1年ほど未熟で生まれる」とポルトマンが指摘するように、他のほ乳類は産後すぐ自分の足で立つが、人間は立つのに一年、言葉を発するのに一年以上もかかる。
これでは自分で身を守り、自分で食事や排便が出来ない。
従って人間は、母親の保護期間が3年。
最近では男の子は母子分離は結婚後まで続くと言われます。
母親が絶対で、献身的イクメン父親でも子どもにとっては、母親が絶対の守護神である。
こんな事例があります。
3歳児の絵、題名は家族。
画用紙に左から右へ大きな○から小さな○が描かれている。
4つ並んだ中央の二つの大きな○が、ぼくとママ。
右端がおねえちゃんの○。
そして右隅に小さく描かれた小さい○は?
「めがね。パパだよ」
男の子は母親が絶対、母親も手に砂糖をまぶしてさするように育てる。
女の子は母親は手塩にかけて育てる。
従って女の子は母親のライバルになり相談相手になり強く頼もしく育つ。
「泣いた赤鬼」の浜田廣介は「強くやさしい男の子。やさしく強い女の子」と書き留めたが、やさしくやさしく育てられた最近の男の子に不安を感じるのは私だけだろうか。
従って、幼児期は女の子のほうが育てやすいのでしょうね。

子どもの描画の世界

年中5歳になる子どもたちは、理屈よりも感覚で行動できます。
従って目で見た物も心で感じた物も手で触った物もその時の印象で、心にイメージした世界を大切にしてこだわります。
いやな物はいや、ほしい物はほしい。
「どうして?」ときいても「すきだから」という感覚が先行します。
ですからこの年齢はたくさんの経験を広げることが大切です。
絵を描く時でも子どもは、自分の目で見た物、感じたものを大胆な描線で一気に描きあげます。
「遠い近い」や「大きい小さい」理屈では無く感じたままに表現します。
五重塔を描いてもかっこよいと感じた先端の五層が大きく描かれたりします。
そこで時々、このように描いてみようと提案します。
例えば大好きな先生のデッサン、足から描いてみることを提案しました。
だいぶ戸惑ったようですが、どのように描いたかは?
楽しみですね。
6歳年長になると伸長期、背丈が伸びて頭でっかちの5頭身が足が伸びて7頭身になります。
描画活動でも天と地の水平線が描かれます。
左を細く右を太く描いた坂道、手前を広く色濃く塗り、遠くを薄くぬることで奥行きのある遠近表現、空に浮かぶ雲の大小や形…
様々な角度からものごとを考えたりする柔軟性も出てきます。
水族館の魚群を見ている友だちを小さく描き、その姿を手前で描いている自分を大きく描く工夫もわかってきます。
こうした学習は
1.考える
2.さらに考える
3.イメージする
4.いろいろ工夫する…
という環境学習の場が必要です。
そのためには答えはたくさんある選択できる場が用意されてなくてはなりませんね。
暗記で学習するより、答えが複数あり答えに至る経路も複数ある問題を解くこと、考える習慣が大切です。
そうした意味で描画表現でも、自分の一番大切な部分を強調することを大切にしています。
例えば跳び箱を跳ぶ子どもの手指の表現、自転車を描くときの足の位置等…
自分が体験で得た感覚を表現する力が身についてくると、そのポイントが自然に表現されてきます。
この時期は、時間の感覚がわかるように、想像力も創造力も広がっていきます。
言葉が大人以上のスピードで獲得しているだけに、嘘と本当の区別ができる能力が、さらに豊に表現された子どもらしい絵が描かれていきます。
どうぞ、世界に一つしか無い子どもの世界。
一本の描線にも語りかけてくる子どもの心が表現されています。
お子さんの絵に語りがけて下さい。



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