両親の愛を注ぐ ― 子ども輝け命

初夏の風の訪れを感じます。
子どもたちの笑顔に癒され、幸せ気分で満たされるのもこの時期ですね。
5月の空を泳ぐ家族の鯉のぼりのように、子どもへの温かいまなざしが、子どもの心を豊かにしてくれるのでしょうね。
この時期の幼稚園は、可愛い年少さんを迎えて、まるでオーケストラの音合わせのステージのようなにぎやかさです。
やっとオムツがとれた年齢、お母さんから離れることは大きな試練です。
自立心が芽生える時の産声でしょう。
しばらくすると、自分の位置が判るようになり、元気にあそべるようになります。
デパートのおもちゃ売り場でひっくり返って、大声で泣いている姿をみかけます。
自分の思いが伝わらない…
「どうして?どうして?」泣き、足をばたばたして…
お母さんと戦って、もだえているのでしょうね。
思いっきり抱きしめて「そうよね。そうよね。」とうなずいて、ささやきかけると、子どもも気持ちが落ち着いて、すっきりしてくるはずです。
「かってにしなさい!」と叱るばかりでは、子どもは心を閉じてしまいます。
出かける前に「今日はアイスクリームは買わない」と説明しておくことが大切です。
子どもだからこそ事前の説明が大切なのです。
昔から、一つ・二つ…五つと「つ」で数える年齢までは、両親の愛をたっぷり刷り込んで育てることが大切といわれています。
両親の愛をたっぷり刷り込まれた子は、10歳を過ぎる頃になると親から自立して、自分で自分をコントロールする自律心が育つといわれます。
たっぷり愛を注ぐことと過保護は異なります。
過保護とは親の一方的なお節介のことす。
「子どもを可愛がると、自立しなくなりませんか」
「しっかりとしつけ(躾)をしなければ…」
「何歳から躾をしたらよいのか」という質問が寄せられます。
私の経験からすると、2歳から3歳になる頃に少しずつ躾をしていけばよいと思います。
佐々木正実さんは「しつけは、こちらの希望を子どもに伝えること」「子どもからの願いや思いを満たしてあげてきたのですから、こちらの希望を伝える番です」と云います。
躾は可愛がってあげた代償です。
しつけ以前に子どもを包み込む愛情を注ぐことが前提です。
子どもとのコミュニケーションをはかることなく、ルールや決まりから入る教師を見かけますが、これは「象のロープ」と同じです。
象をロープに縛って飼育すると、象はやがてあきらめてロープを外してもロープの距離範囲しか行動しないという事例です。
人間の子どもも大人の都合で躾をすると「自分でやりたい・やろう」という自主・主体性が育たなくなります。
まず「やりたい」という気持ち(意欲)を大きく育てることが大切です。
そして「やりたい」ことを、自分でやれることと人の手を借りなければできないことがやがてわかるように、何回もチャレンジしてみる学習することが大切です。
そのためにも、大人が正しい見本を示すことが大切です。
子どもは、その繰り返しの学習の中で「やっていいこと」と「やってはいけないこと」を学習していくのですね。
大人目線で子どもの主体性を縛ってしまったり、即効的な評価を気にして、子どもたちをサーカスのように訓練したりする「やらせ」になってはいけません。
幼児は二足歩行ができる1歳の頃から言葉を発するようになります。
この年齢は、目に触れるものに関心を持ち「やりたいこと」だらけです。
そこで「危ないという」理由で、禁止状態にすると子どもの「やりたい」意欲は後退してしまいます。
佐々木さんは「人間にとって一番大切なことは仲間とのコミュニケーションをはかる能力」
「人間関係を豊かにする力は、友だちとの関わりの中で学ぶ」
「友だちからものを学べない、友だちにものを教えることができない子どもは、社会的に成熟していかない」と断言します。
エリクソンは「社会に必要な道具、知識、生活体験を仲間と共有して生きていく経験を積み重ねることで人間は成熟していく」と云います。
両親の愛をたっぷり受けて育った子どもは、時が来れば自主的に友だちという群れの中に入りその中で生活していくようになります。
幼稚園は、遊びを通して子ども同士が学びあう学習の場です。
子どもたちはそうした環境の中で、穴の掘り方、友だちとのかかわり方、縄跳びのとび方、話し方、聞き方、折り紙の折り方…を学習していきます。
年少の時は枠の中で保育すると、一見、効率的に見えますが、子どもの自主体制が育たず「象のロープ」になりかねません。
一人一人の育ちが保障される環境設定が大切です。
年中組になると「自分の姿が友だちの心にどのように映るか」が見えてきます。
この頃から仲間と共有して生活していくためのルールや基本的な生活習慣を具体的に子どもに「気づかせ」教えていくチャンスです。
年長組は友だちと力をあわせる共同生活の中で、子ども同士学びあい育ち合います。
友だちとかかわってたくましく生きる「生きる力」の教育は、この年長の頃の経験学習で培われていきます。
幼児は全身が感覚器官です。
全身の細胞の触手を張り巡らせて、環境に反応して育っていきます。
子どもの育ちは環境に大きく影響を受けます。
お母さんや先生の愛情をたっぷりと刷り込まれ、気持ちを受容された子は健やかに育ちます。
育ってほしい「子ども像」は、子ども同士が学びあう生活体験みら学習です。
この生活体験の場をどのように子どもに提供していくかが、私たちスタッフの大きな課題です。
保護者家庭の皆様の温かきご支援のほど、よろしくお願いします。

| 理事長雑記 | 10:00 | - | - | pookmark |
子どもは環境に適応して育つ

4月7日、園庭の楼がやっとほころび始めました。
「さくらさん、おそかったね」
「でも、おそくさいてよかったね」
「いつものように咲いていたら、あの春の嵐で吹き飛ばされていたとおもうよ」
「さぁ春ですよ」
今年も春が訪れてくれました。
先生たちは、お部屋の引越し、進級する子どもたちの記録や教材の準備、そして新しく迎える年少組さんの名簿の整理や教材の準備に追われてきました。
滑り台や遊具の安全点検、下足箱やロッカーに新しいシールや名前を記入、カリキュラムの作成…会議・研修と目が回るような忙しさでした。
でも、その忙しさはドキドキわくわく心がはずみます。
ユニフオーム姿の環境清掃会社のスタッフの登場。
かっこよいお兄さんたちが、素敵な音楽をかけてダンスを踊るように隅々まで消毒し、磨いてくれた保育室にお友だちの新しいカラー帽子や連絡帳等が並べられました。
桜の花と一緒に元気に登園してくるお友だちをお迎えする準備はできました。

子どもは、環境に合わせて育つ

ご両親から与えられた子どもの細胞は、環境に適応していきます。
アフリカの草原の村に生まれれば、大自然に適応して生きる力となる細胞が形成されます。
大都会の喧騒の中で育てられれば、その都会の環境に適応するように細胞が反応すると云われます。
ご両親から与えられた赤ちゃんの細胞は、環境に反応して心と身体を形成するのです。
学校教育法・第22条には「幼稚園は、義務教育及びその後の教育の基礎を培うものとして、幼児を保育し、幼児の健やかな成長のために適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする」と定められています。
ですから「幼児が意欲を持って環境とかかわることにより、作り出される具体的な活動を通して、その目標の達成を図る」ことが私たちの務めです。
子どもを教え育てるだけでなく、まず子どもたちが友だちと教えあい学びあい、経験と知恵と道具を共有していく環境を用意してあげることが私たちの務めです。
そのためにも子どもが健やかに育つ環境を設定して、指導計画を立て、前向きな姿勢で保育実践していくことが問われています。

こんな子どもに育ってほしい

「君たちが小学校2年生になったとき、そして4年生に進級したとき、中学校の2年生になったとき、そしてお父さんやお母さんになったとき、幼稚園で健伸で学び、体験したことが役に立つと信じています。なぜなら、人生における節となるこの年齢のときは、人間の心も身体も、大きくなるために脱皮するんですね。君たちは、幼稚園では無邪気に自分を主張し振る舞いよくあそんだ。よき友に恵まれ、よくあそび、よくあそんだからその力が君たちの骨になっていると信じています。」

ドロンコになって夢中で遊ぶ子ども
冒険心にあふれる子ども
好奇心を持ち意欲に満ちあふれる子ども
ドキドキする世界を楽しむ子ども
いたずらをしてクスクスする子ども…

自分で考え自分で選ぶことを学んだことが、大きな翼になって君の羽ばたきを支えてくれると思うよ。
私は、こんな子どもに育ってほしいと願っています。

自分の力で考え、調べて、実行する習慣をつける。
一に元気、二に元気、明るく元気に挨拶しよう。
早寝、早起きしっかり食べる生活習慣を身につける。
お友だちの心に映る自分を正そう。
心を広げて、友だちを住まわせてあげよう。
話す人の目を見てお話を最後までしっかり間こう本物の素敵な出会いに感動し、チャレンジしよう。
興味を持とう、調べよう、やってみよう、繰り返そう。
夢を語ろう、夢を広げよう、夢にチャレンジしよう。
身体で心で感じ、考えよう。
人の役にたてる喜びを実感しよう
あそべ、仲間と知恵と経験を共有してあそぼう。
しっかりと自分を主張して、友だちの話も間こう。
自分の特技を磨こう。自分を鍛えよう。
自分を大切にしよう。自分を好きになろう。
5歳になったら、自分のことを「ぼく・わたし」と呼ぼう。

私は70歳を過ぎても夢を持ち続けています。
幼い頃に夢中で遊んだ体験や満たされなかった憧れが心の奥底にすり込まれているのでしょうか、少年のようにいつも夢を広げ、心をときめかしたりします。

おとぎ話は子どもの心を育む

日本の民話やおとぎ話、グリム童話やアンデルセンの世界は、ドキドキするような怖い世界でもあり、残酷な世界でもあります。
子どもは怖がったり泣いたりしますが、本当はそっと恐ろしい世界を覗いてみたいのかもしれませんね。
谷底に突き落とされるような怖い夢を見て、ハッとして夢から覚めた時、側にお母さんやお父さんがいてくれる現実の世界にホッとする。
その度に両親への信頼感を深めるのでしょうね。
おとぎ話は語る人がその話が好きで、何回も何回も子どもに読み聞かせ、語り聞かせを楽しむことが大切です。
近頃は子どもに残酷なものを聞かせない、ハリウッド映画的なハッピーエンドでお話を結ぶ風潮があります。
しかし、本当の恐怖や残酷さを知らないままに育てられた結果、残虐な犯罪やいじめがはびこったりすることになるのではないでしょうか。
おなかに石をつめ、泥舟に乗せて沈ませるという残酷さは、悪に対する正義感の表れと解釈して、悪は必ず消滅する。
正義は必ず報われるという心を育てることも大切です。
昔からのおとぎ話の世界も、ディズニーの手法にかかればハッピーエンドで終結します。
子羊をだまして食べてしまった狼でも、心を入れ替えて「ごめんなさい」と謝れば、許されて楽しい仲間になる筋道を、皆さんはどのように解釈されますか。
難しい問題ですが、ご家庭でも話し合ってください。
「幼い子どもへの読み聞かせは、あまり感情を込めないで淡々として語り、子どものイメージを声色や表現で印象付けないほうが良い」とシュタイナーは忠告します。
私も同感です。
同じおはなしを何回も繰り返し間くことで、子どもの心の感性が自分で育てていくことが大切です。

踏まれてまみれて、なお、まみれ

あの震災以来、放射線の不安もあり、子どもにとってもっとも大切な「自然の中でどろんこになってあそぶ」ことが制約されています。
健伸の園歌に「踏まれて、まみれて、なお伸びる」という歌詞があります。
卒園間近の年長さんが「ふまれて まみれて なお、まみれ…」と歌っているのを聞いて思わず苦笑してしまいました。
土にまみれ、太陽にまみれ、緑にまみれ、水にまみれる体験を通して子どもの細胞は、強くたくましく成長していくのですね。

| 理事長雑記 | 12:00 | - | - | pookmark |
春の兆し 〜子どもの夢ステージ〜
鳥が歌い、花が咲き 心がはずむ弥生月
肩を寄せ合い手をつなぎ
輪を広げ暮らした仲間と巣立っていく
 
空に向かって胸張り歌おう
楽しかった思い出を
土にまみれ 水とたわむれ
ドロンコになって 遊んだ時を
 
たたえ合おう今日の日を
大地をふみしめ 心ひびかせ
たたえ合おう この喜びを
 
空に向かって夢の翼広げ
未来への冒険者のように
雨の日でも 風の日でも
みんなといっしょに あそんだときを…

卒園式、一人ひとりの子どもたちが卒園証書を受け取るときに流れる、子どもを称える送別の曲です。私が書いた詩に、吉仲先生がすてきな曲をつけてくださいました。
 
風を受けて陽を浴びると、全身に目線を浴びる自分を意識することができます。幼稚園の広場は「子どものステージ」です。子どもにとってはブランコも砂場も水飲み場も自分を表現する、自分の位置が安定できるステージと考えています。
一人ひとりを夢ステージに立たせてあげたい。
思っていること、願っていること、夢見ていること
それぞれの思いを表出させてあげたい…と、考えて環境を構成しています。

夢見る子ども
イメージ豊かな子
発想豊かな子ども
冒険心にあふれた子ども
ドロンコになってあそぶ子

子どもたちは、あそびの世界で、たくさんの夢をみているのでしょうね。

わたしは、いまでも子どもの頃の夢をみます。暗い神社の境内のかくれんぼ、足がすべって枝にしがみついた木登りの恐怖、墓地での度胸試し…
ドキドキするような怖い夢をみて、目を覚ますことがあります。
幼い頃に夢中であそんだ体験、すてきな出会いやあこがれが、心の奥底に刷り込まれて、そこから、育まれた子どもの「宇宙」が、人生のアンテナになるのでしょう。

話を聞いてくれる友だちとのお別れ

私の年からすれば仕方がないことですが、この数年、私にとってかけがえのない人を次々と失っています。
創立期から私の片腕で支えてくれた、理事の阿久津博先生を亡くしました。
早稲田の後輩で「子どもと共に緑と太陽」のタイトルで雑誌に掲載された私を訪ね、健伸学院の創立に関わり、私の片腕となって支えてくれた貴重な人材でした。まだ65歳。
せめて創立40周年記念式典には、卒園生に囲まれてあの笑顔が見られると楽しみにしていただけに、突然の訃報でした。

春の兆し

古代ギリシャでは、子どもは生まれながらに「美しい心」を持っていると考えられていました。子どもたちは神々に祝福され、それぞれの家庭で育てられ、7歳になると学校へ通い、ジムナストという体操教師に14歳まで厳しく訓練されます。
古代ギリシャでは、子どもらしさ・子どもである「幼児の力」が損なわれないように、体育の教師が「心のガード」となる筋肉を鍛えます。
子どもたちは社会的にも最優先されたようです。例えば、アポロン、ヘルメス、ゼウス等の神々は全て、育児神と考えられていたようです。ギリシャの人たちが大切にした「子どもらしさ」とは、「持って生まれた美しい心や物事にチャレンジしていく衝動的な意欲」と考えられていたようてす。その心は子ども時代が最高で、人間は成長するにつけ子どもらしさを失ってしまうと考えて、子どもを鍛えたのでしょう。この考え方が、ローマーの詩人ユウェナリスの「健全なる精神は健全な身体に宿る」に継承されます。
シュタイナーは「幼児の力は生まれてから七才までの子どもの中で生き生きと目覚める。歯が生え替わる7歳ころから光が失せて、14歳ころには幼児の力が眠ってしまう」と言っています。大人の価値観が優先される現在の「日本文化」では、幼児の時から子どもらしさが喪失されていく気がします。
3月3日は古代中国では川で身を清めたそうです。
その影響で、平安時代には3月3日に紙の人形を川に流す「流し雛」の習慣が、現在の飾り雛として伝承されたといわれます。
ひな壇に桃の花を飾る春にふさわしい行事です。
「雛飾り」関東はひな壇に向かって左が男びな、右が女びなですが、関西、特に京都では反対のようです。
ご家庭でも、飾るとき、片付けるときは子どもと一緒にするとよいですね。
いよいよ春3月、卒園ですね。巣立ちの羽ばたきの月ですね。
「1月はいく、2月は逃げる、3月は去る」と言われているように、この時期は時間が矢のごとく飛んでいきま。
この時期先生たちは、小学校へ送付する卒園生の成長を記した指導要録の作成、そして進級する子どもたち一人ひとりの笑顔を思い浮かべながら、子どもの成長した姿や様子を記録に書き留めます。
やわらかな日差し、春を感じながらホールから聞こえてくる卒園送別の歌声に、年少児が「ねんちょうさんはぴかぴかになるんだって…」と話していたそうです。
ロッカー・机・部屋の清掃、思い出の頁を読み返す気持ちで卒園までの日々をたのしく過ごしてくたさい。

| 理事長雑記 | 15:00 | - | - | pookmark |
子どもが育つ魔法の言葉

あけましておめでとうござます。

なんとなく 風やわらかに 春隣
子どもらの 声響く園庭に 土温む

正月の時の針は、青空に描く飛行機の雲のように、街ゆく人も華やいでいる感じがします。
寒い中での三学期がはじまりました。
「子どもは、風の子、太陽の子」寒さに負けず、元気に過ごし春を迎えたいですね。
正月6日、華やかにお客様をおもてなしをする「賀春の会」が開かれました。野田総理も楽しみに参加されていた会で年々、お客様の輪が広がり今年は150名のお客様でにぎわいました。参加された方が来年を予約されるほど喜んでいただきました。
何となく今年も良いことがありそうな気がします。  
三学期は、子どもの成長が目に見える季節です。
泣いたり、ひっかいたり、せわしかった…
あの花組さんが目を見張るように落ち着いて、かわいらしく輝いています。
運動会が終わった11月ころから見られる成長の姿で、実習に来る学生が目を見張ります。
年長組の子どもたちにとっては、幼稚園生活最後の学期の始まりです。
小学校への期待も出てきています。
卒園までの生活をイメージして、一日一日を大切に充実した幼稚園生活を送りたいと思います。
年長のスタッフは、恒例のお絵かき遠足の準備会議に追われています。
子どもたちの描画の世界も今年は「すてきな形、華やかな色彩」をテーマーに、子どもの目線でとらえた「生活の詩」が表現できればすてきですね。
この年齢の子どもの目線は、不思議な感性の世界を秘めています。
年中・竹組さんも「もうすぐ松組(年長)になるの!」と、あこがれの年長組になることを目標に成長する学期です。
それだけに背伸びせず、言葉遣い、友だちとの関わり方、教材やあそび道具の管理整頓、遊具の使い方、はさみや接着剤の使い方、年長に向けて丁寧に基本を学習していく時期です。
なにより、お友だちの心を自分の心に映すことができる年令です。
お話の世界も広がり、豊になる時期です。
2月は、木々の枝に春の息吹がふくらむように、子どもの心の成長が目に見える時期です。
一人ひとりが自信を持って、それぞれに関心を持ち、それぞれの個性や特性をのばしていけるように、子どもを巡る学習の環境を整えていきたいと考えています。
 
わたしは、できるだけ子どもたちに元気に話しかけます。
「おはよう、エブリーボディ」と手をさしのべます。
集まってきた子どもたちは、なわとびをとんだり、どろ団子やダンゴムシをみせてくれたりして、ささやかなショータイムを展開してくれます。

「りじちょうせんせいきょうなにをたべた?」
「トーストとめだまやきだったかなぁー。」
「わたしとおなじだね。」
「ぼくなっとう」…と話が広がった時に、
「なんさい?」突然の横からの質問。
「70歳」おもわず2歳ごまかしてしました。
「へー田舎のおじいちゃん68さいだよ」
「どう?若く見える?」
「ちょっぴりね。」
「そうか、ありがとう。」

「ありがとう」を気持ちを込めていいます。
「ありがとう」は、子どもが成長する魔法の言葉です。

「ゆーちゃん しんぶんとってくれる。」
「ハイ、ママ」
すかさず「ありがとう」と感謝の気持ちを込めて、新聞を受けとってください。この瞬間、優ちゃんは人のために努力する心のすがすがしさを学習し、いつの日か「どういたしまして」言えるようになります。
この「どういたしまして」も魔法の言葉です。
欧米では、「サンキュウ」といえば、「ユア、ウェルカム」とこだまします。私の魔法の言葉は「すごーい」「やったね」「どりょくしたね」「このまえよりしんぽしたね」「もういちどやってみよう。すごーい。できたね」のほめ言葉です。
電車やバス、エレベーターに乗るときは「お先にどうぞ」と声をかけます。
席を譲られた方の背中が柔らかくなった気がしたりして、気持ちにゆとりが出てきます。

年齢を重ねることで、背中が曲がらないように、背筋を伸ばして「いっぱい生きてきたので、魔法の知恵をもっているんだ」と子どもたちに語りかけます。
ご家庭でも、おじいちゃんおばあちゃんはマジシャンになって、子どもたちに生活の知恵を授けてください。
幼児教育はマジカルな世界で、知恵を学ぶ教育です。
マジカル教育とは、子どもに暗示をかけて育てるのです。
恐がりの子には「だいじょうぶ君ならできる」とそばにいて励まし、「修行を積めば、お父さんのようになれる」と励まします。
人間は自分の力で育つ力を持って生まれてきます。
その力を育て伸ばすには、魔法の言葉が大切です。
鉄棒の逆あがリや自転車乗りと同じで、何回もチャレンジする子どもに「もう少しでクリアーできる」と励ましの言葉をかける。
そしてクリアーした瞬間に立ち会い「やったね。スゴーイッ」と声をかける。この瞬間の「やったね」という魔法の言葉が、親子の目に見えない絆になります。
子どもたちは口先だけの大人の媚びを見抜く目を持っています。
子どもとイメージを共有して夢をいっぱい膨らませることができる大人を信頼します。
わたしは子どもを喜ばせることを日々、たくらんでいます。園庭に山を造ったり、穴を掘ったり、大きな滑り台を造ったり、なぞなぞ、手品…あれこれ工夫し、楽しむことがマジシャンとしての私の修業です。

手をつなぎ輪を広げよう

昨年は、日本を襲った不幸な災害がありました。
日本各地で心を一つにして「日本ガンバレ」の支援活動が展開されました。
大学での支援活動。被災地への発送の荷造り完了の後、学生サークルのリーダーの発声で、全員が手をつなぎ「ご苦労様でした」と声を合わせました。
誰ともなく「ありがとうございました」と声が出ました。
手をつなぐことで味わった連帯感に感動しました。
東日本大震災から、人と人との輪を広げ、汗を流して絆を深める大切さを学びました。
2012年、日本の新たなる再生の年になるように、一人ひとりがお互いの力量を発揮するためにも「認め合い、ほめあい、のせあう」環境を優先したいものですね。

| 理事長雑記 | 13:00 | - | - | pookmark |
賀春の会 '12

日頃お世話になっている地域・企業の方々や、教育関係者を招いて、新春恒例「賀春の会」を催しました。









昨年、体操の競技会で活躍した健伸スポーツクラブの中学生3人が紹介されました。





お集まりいただいたゲストの自己紹介





賀春の会恒例となった「ワハハ体操」



先生たちによる「EXILE」「AKB48」ショー





卒園生の吉仲君は、ピアノ演奏を披露しました



景品の抽選会で盛り上がり、今年の賀春の会を終えました。

| トピックス | 20:00 | comments(0) | - | pookmark |
| 1/19PAGES | >>